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2017年2月

占有のエチカ ― 木庭顕『[笑うケースメソッドII]現代日本公法の基礎を問う』

【今日の言葉】

かれら著作家は原始時代を、おおいに賞賛して黄金時代と呼び、人間が神々と混ざり合って暮らしていた時代のことを伝えました。その時代は苦悩がなく、快楽に満ちていたからです。あらゆる人民、あらゆる国民が、それぞれ個別に、また全体として、かれら著作者の意見に賛同しました。そしてこの意見のうちにとどまっており、そしていつまでもとどまるでしょう。
(ロレンツォ・ヴァッラ「快楽について」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日は、木庭顕『[笑うケースメソッドII]現代日本公法の基礎を問う』を読みます。

■数量分析

まず、前回と同じく、数量分析を行います。
ゲームのルールは、前回と同様に簡単です。
定価をページ数で割って、1ページ当たりの単価を算出するだけです。

前作、笑うケースメソッド「民法の基礎」は、3000円/280頁=10.71円でした。
今作、笑うケースメソッド「公法の基礎」は、3000円/328頁=9.14円でした。

なんと!今作は前作よりも1円以上も安くなっています。推測するに、前作が想定以上の読者を獲得したために、今回も相当数の読者をより獲得するだろうと判断した出版社が、それに見合う価格設定をしたと考えられます。読者としては、充分にお得感のある価格設定です。

しかし、これとは異なることが著者自身によって「あとがき」に記載されています。
引用します。

「参加学生数は20人から40人で、私の他の授業を遍歴して来たり著書を読んでいたりする学生が多く、研究者志望でその後事実研究者となった学生を相当含んだ。」「(50~70人の選択必修科目を反映した)前作『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』に比して対話篇的な色彩を強調した。」(321頁)

とあります。即ち、より少数で、より専門性の高い議論が「公法の基礎」では展開されることになります。

何故か?確かに販売数量では、より多くの数量が見込まれる値付けでした。出版社が値付けを間違えたのでしょうか。否、この出版不況でそのようなことはありえません。では何故か?

答えは本文の中にあります。

「デモクラシーは、大衆化のことではなく、高度な思考と不可分」(29頁)だからなのです。政治、デモクラシーを、公法(占有原理)の前提として省察する今作では、高度な思考を密に展開するために、少数の密度の濃い議論が必要とされたのです。それは値付け=販売数量(ひいては、デモクラシーがより多数を視野に入れること)とは別の事情(デモクラシーの判断の二重分節)にあることが説かれているのです。

キツネにつままれた方は、是非本文を読んで、政治とデモクラシーの区分の重要性、デモクラシーの概念をフォローしてみましょう。

■神即政治

と言って、本文を読みだすとこれまた面喰います。

「0 予備的討論」内容の濃さ、「1 政治制度の構築」の叙述は、木庭三部作『政治の成立』『デモクラシーの古典的基礎』『法存立の歴史的基盤』のエッセンスをギュッと詰め込んでいますので、既に木庭先生の著作に相当親しんだつもりの読者でも頭がクラクラします。

特に、註では、縦横無尽に内外の議論、それも時空を超えた議論が同一平面で参照されます。また、明示的な引用元を示さない議論の元ネタも相当にありますので、文学(映画も?)、哲学、政治学など幅広い「法律家の素養」が求められます(「そもそも、法律学の理解のためには、一見それとはわからないがじつは文学・歴史学・哲学の蓄積に通じている必要があります。」11頁註6)。

この「0」章、「1」章の濃い叙述は、スピノザ『エチカ』の第一部で神の論証をしていく様子を髣髴とさせます。

なぜならば、と考えれば、これも本文で出てきますが、「神」の弁証は、「政治」の弁証と似るのです。神即自然をスピノザは説きましたが、自然法から国家も論じました。即ち、神即政治なのです。

これら「政治」や「デモクラシー」、それと「公法=占有原理」のいわば「公理」の定義づけ、哲学的な基礎づけを最初に行う木庭先生は、その後の章で、「公式判例集」というテキストを、徹底的にCritique(クリティーク)で分解していきます。

■占有のエチカ

それは既存の公法学、憲法学や行政法学の「お作法」を、そもそもの政治、そもそものデモクラシー、そもそもの占有原理から解体していく試みですので、容赦ありません。
そして、それはリバタリアニズムとは全く異なる「自由」を求める姿勢で一貫しています。

だから、
「歴史学はあっても法制史は存在しないし、哲学はあっても法哲学は存在しません」(11頁註6)という強烈な印象を残すマニュフェストにつながっていくのです。

その「占有のエチカ」とでもいうべき、一貫した強固な意思で貫かれた現実批判。法的解釈は、射程をおもいきり遠くへ拡げたものです。

これが、実定法学者の採るところとなり、講義を通じて将来の政治的階層の意識にビルトインされ、実務へ繋がる。この「スキピオの夢」にも比する射程をもった構想が実現するかは、ひとえに、広くこの書が哲学、政治学、文学というジャンルを超えた多くの人によって支持されるかにかかっているのではないかと思います。

勁草書房さん、値付け、グッジョブです。

では。

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