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2017年1月

盗みの味を覚えて―ウィリアム・ワイラー「おしゃれ泥棒」How to Steal a Million(1966年)

【今日の言葉】

過去の一瞬にすぎなかったのだろうか?おそらく、それ以上のものだ。
(マルセル・プルースト「失われた時を求めて」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。

今日はウィリアム・ワイラー監督「おしゃれ泥棒」How to Steal a Million(1966年)です。
内容にわたる記述を含みます。未見の方はご注意ください。

■盗人が、おしゃれ?

この映画のタイトルの原語は、”How to Steal a Million”。
「百万を盗む方法」とでも直訳しましょうか。

その日本語タイトルが「おしゃれ泥棒」。
おそらくオードリー・ヘップバーン=「おしゃれ」のイメージからつけられたのではないかと思います。

では、なぜ「おしゃれ『な』泥棒」ではないのでしょうか。
ちょとダサい印象がでますね。キャッツアイみたいなイメージも出てきます。
最近だと、NHK『LIFE』の「カッツアイ」のパロディのイメージの方が強いかもしれません。

しかし、私には、実は日本語タイトルは、この映画の本質をついているのではないか、と思われます。次に見ていきましょう。

■同語反復

最後のシーン近くに、父親が一度は拒否した南米の友人を、今度は親しげに招き入れる場面があります。ここまで映画を観てきた観客は、これから何が行われるのかを容易に知ることが出来ます。

すなわち父が自ら描いたゴッホの贋作(fake)の売買が行われようとするのです。
その直前、一人娘(オードリー・ヘップバーン)と結婚した新郎が、父に贋作稼業から手を引くように約束させます。つまり空約束だったことがわかるのです。

ここでこの映画の教訓が語られているのです。すなわち、
「贋作画家は、贋作を売る」。

すると、その約束のシーンにおいて、探偵である新郎が、自らの稼業をやめない決意を表明したことと二重写しになるのです。すなわち、
「探偵は、秘密を探る」。

そう、この場面は、同語反復のように、登場人物のキャラクターのアイデンティティーが首尾一貫して変わらないことを示す重要なシーンなのです。

そのようにこの映画を観ると、
「運転する女は、車を運転する」
「おしゃれな女は、おしゃれである」
「贋作売買に対して忠告する女は、贋作売買に対して忠告する」
「キスする男女は、キスをする」
というように、キャラクターの自己同一性が、執拗に描かれていることがわかるのです。

■物語の動因

ゴダールのように、映画において物語の比重が軽視されている映画であれば、同語反復的なキャラクターが執拗なまでに自己同一性にこだわってもよいでしょう(「女は女である」)。

しかし、キャラクターが「AはAである」と主張し、こだわった場合、静止画のように物語は動きません。ましてや商業映画の第一人者であるワイラー監督が、アリストテレス以来のキャラクター論を知らないわけがありません。

そこで、登場するのが「泥棒」です。
すなわち、「おしゃれな女は、おしゃれである」ことをやめ、掃除婦に化けることで、自己同一性を捨て、「泥棒」に変化するのです。これがこの映画の動因となります。

いいかえれば、
「おしゃれな女は、おしゃれである」を捨てたとき、
「泥棒は、盗みをする」に主題は変わるのです。
つまり「おしゃれ」と「泥棒」は、両立しないこと、「おしゃれ『な』泥棒」はいないことが、ここで明確になります。

■Stealとは何か

では、その物語の動因となるSteal(盗み)とは何でしょうか。
代表的な刑法の教科書で「窃盗」の定義を確認してみましょう。

「窃盗罪は、他人の占有する他人の財物を占有者の意思に反して取得する罪である」(西田則之「刑法各論」第六版、138頁)。

ここで重要なのは、「意思に反して」、「占有」を侵奪するということです。
つまり、ここでの物語の動因は「占有移転」であることが、明確となります。

では、その「占有」はどのように定義されるでしょうか。
同じく西田刑法で確認してみましょう。

「ここでいう占有とは、財物に対する事実的支配・管理の意味であり(大判大正4・3・18刑録21輯309.頁)、民法における占有概念とは異なる。すなわち、『自己のためにする意思』(民法180条)は必要でなく、他人のための占有も含まれる」(西田則之「刑法各論」第六版、142頁)。

要するに、刑法が想定する「占有」とは、民法の「占有」とは定義が異なり、「事実的支配・管理」のことであるということです。(刑法と民法における占有概念の差異について詳しく知りたい方は、木庭顕『「客殺し」のインヴォルティーノ、ロマニスト風』「現代日本法へのカタバシス」83頁以下をご参照ください。)

■誰が、何を盗まれたのか

では、誰の、どのような、占有が、移転し、侵奪されたのでしょうか。

まず、表向きは裕福な美術品収集家、その実、当代一の贋作画家である「父」が祖父から相続した「チェリーニのヴィーナス像」が、第一の占有物であることが映画の冒頭近くから示されます。

その占有物は、美術館に無償貸与されることが、映画では描かれます。
多数の警察官を伴った美術館の館長が恭しく受け取る場面と、美術館に運ばれる場面がやや長いと思われる時間をかけて描かれるのは、この相続財産であり且つ父の占有物である贋作美術品の「占有移転」こそが、物語の中心となることがここで示されているのです。

しかし、この「占有移転」の危険負担を巡り、保険が掛けられ、保険の発効条件として、美術品の「鑑定」が行われることになってから、物語が大きく動いていきます。

鑑定が行われれば、父親の占有物が贋作であり、ひいてはその信用と資産価値が大きく毀損することが、「父」と「一人娘」の懸念材料として浮かび上がってきたのです。

■おしゃれな女が泥棒に変容するとき

そこで贋作美術品の鑑定を阻止すべく立ち上がるのが「一人娘」です。
彼女は、泥棒であると信じている探偵に贋作美術品の「盗み」を依頼することになります。
探偵は、美術商の依頼で父の美術品の真贋を調べるため父の豪邸に侵入した際に、彼女に発見され、古物銃で腕を撃たれていたのでした。贋作であることの露見を恐れた彼女は、警察ヘ連絡せず、リッツ・ホテルまで彼を送った際、唇を奪われます。

ここで秘密を共有し、ましてや唇を奪われ、心まで奪われた彼女は、父の第二の「占有物」であることがここでわかります。

■非対称的な交換

彼と彼女が共犯として盗みを行うことは、リッツのキスシーンで既に運命付けられていたのです。そして、二人がこの映画の最大の見どころである「いかに盗むのか」という夜の美術館の場面へと続いていきます。

これは傑作なコメディーだと思わせる名場面です。が、ここでは省略して、実際の映画を観て頂きたいと思います。

盗みを成功し第一の占有物は探偵の手に渡りました(占有移転)。
ここから探偵の大勝負(Big Deal)がはじまります。

まず、贋作美術品に惚れ込んだアメリカの大富豪が、探偵に美術品の引き渡しを要求します。大富豪はその前に、彼女と婚約をしていました。既に彼女に惚れ込んでいる探偵は、この婚約を排除しようとします。「2個の者がsame spaceヲoccupyスル訳には行かぬ」(夏目漱石)からです。

そこで彼は、大富豪に贋作美術品を引き渡すことと引き換えに、彼女に接触することを禁じるのです。彼は、取引として、第一の占有(贋作美術品)と第二の占有(一人娘)を「交換」(占有移転)したことになります。ここで、第一の占有を選んだ大富豪は、フィギュアを愛でるオタクの先駆けのように描かれます。

まだ、大勝負(Big Deal)は続きます。彼女のリアルな占有を獲得していない探偵は、第二の占有を有する「父」との取引を行います。ここで何が取引されたのかは、映画では明示的に描かれません。

が、「一人娘」という占有を取得する際に、対価(Consideration)がない取引はありえません。探偵は、「贋作」という秘密、すなわち父の信用と財産の保全、を引き換えに彼女の「占有移転」=結婚を勝ちとったのでした。

■婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する

しかし、親の同意を得たからといって、結婚が成立するわけではありません。
本人の合意がなければ、成立しません。
では、いつ探偵は一人娘の心を奪ったのでしょうか。

ここで「キスする男女は、キスをする」という主題に回帰し、リッツの唐突なキスシーンで、既にキャラクターの運命として結婚が決められていたのだと観客は納得することになります。そして「おしゃれな女は、おしゃれである」、「贋作売買に対して忠告する女は、贋作売買に対して忠告する」、「運転する女は、車を運転する」という主題を映画は反復し、幸福なエンディングを迎えることになるのでした。

では。

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