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2015年1月

法のロマニスティック...わはは-木庭顕『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』

【今日の言葉】

心を揺さぶられる逸話である。乞食の正体を見破れる人間はいないのに、もの言わぬ動物は瞬時に見破った。
(西村賀子「ホメロス『オデュッセイア』-<戦争>を後にした英雄の歌」)

法律家に頭は要らない。鼻さえあればよい。大事なのは臭いを嗅ぎ取ることです。どうもクサいな、と。
(木庭顕『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』)

【読書日記】

こんにちは。ともです。
今日は、木庭顕『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』が刊行されたところで、その新刊の位置づけを考えてみたいと思います。

■遊戯の規則

このブログでは以前にも試みたことがあるのですが、簡単なゲームをしてみたいと思います。ゲームのルールは単純です。本の定価をページ数で割って、1ページ当たりの単価を出すというものです。まずは、世間の相場を見渡してみたのちに、木庭教授の著書で試みてみたいと思います。すると、われわれには何が見えるでしょうか。

■世間相場

まず、世間相場を見渡してみるために、私の手許にある最近読んだ本で遊んでみます。最初に、このゲームを考案して文芸批評に導入した蓮實重彦から見てみましょう。
・蓮實重彦「『ボヴァリー夫人』論」6400円/850頁=7.52円
・蓮實重彦「『ボヴァリー夫人』拾遺」2600円/312頁=8.33円
と同じ著者の同時期の作品においても若干の違いがあることがわかります。おそらく筑摩書房に対して羽鳥書店は、より学術出版に近いことから、単価をやや高めに設定したのではないかと推測されます。

では、ほかの文芸作品も見てみましょう。
・六冬和生「地球が寂しいその理由」1800円/377頁=4.77円
・小野正嗣「九年前の祈り」1600円/224頁=7.14円
と、文芸書においてもジャンルによって単価格差があることがわかります。六冬和生はハヤカワSF大賞受賞作家で、小野正嗣は芥川賞受賞作家であることから、大衆文学と純文学には単価格差が存在することが明らかです。ここまで見てくると、文壇の中には、

学術書>批評>純文学>大衆文学

という単価格差のヒエラルキーが存在しているという仮説がとりあえず成立します。

■法学というジャンル

次に、法学というジャンルで見てみましょう。
・木村草太「LIVE解説講義本 木村草太憲法」3000円/323頁=6.09円
・神田秀樹「会社法 第十六版」2500円/388頁=6.44円
という比較的ポピュラーな演習本や教科書では、

純文学>法学の教科書>大衆文学

という関係になりそうです。では、もう少し対象を広げてみましょうか。
・樋口陽一「加藤周一と丸山眞男」1800円/181頁=9.94円
・石川健治編「学問/政治/憲法」3800円/275頁=13.81円
憲法学者である樋口陽一の著書は、「他の分野から法学に目を向けられること」を意図し「読者対象」として書かれた本(同書あとがき)だそうですので、本体価格設定は2000円以下と一見リーズナブルにみえます。が、単価を見ると如実に純文学や文芸学術書・批評を超えている強気な設定です。また、旬な憲法学者たちによって編まれた「学問/政治/憲法」は、その樋口陽一の実質的な傘寿記念論集として企画された本ですので、両者には時期と人脈に通じるものがありますが、憲法学者の傘寿記念論集として学術書としての色彩が濃いことが単価設定にも表れているようです。

これまでの関係を整理すると以下の通りとなります。

法学学術書>法学一般書>文芸学術書>文芸批評>純文学>法学教科書>大衆文学

さて、ここからが本番です。いよいよ楽しくなってきたので、木庭教授の著書で、このゲームを続けてみたいと思います。

■木庭三部作

では、東京大学出版会から出されている木庭教授の「三部作」を見てみましょう。
・木庭顕「政治の成立」10000円/440頁=22.72円
・木庭顕「デモクラシーの古典的基礎」22000円/952頁=23.10円
・木庭顕「法存立の歴史的基盤」28000円/1392頁=20.11円
となります。

なんとこれまで見てきた単価の幅が、13.81円から4.77円の幅でほぼ10円の幅を示していたのに対して、いきなりそこから約10円の幅を上乗せして、木庭教授の著作の単価は突出しています。図示すると以下の通りになります。

木庭三部作>
法学学術書>法学一般書>文芸学術書>文芸批評>純文学>法学教科書>大衆文学

■羽鳥書店の二部作

これに対して羽鳥書店から出版された「二部作」は、「三部作」を踏まえつつも学者向けではない一般の法律家向けに出した書籍となります。どうなるのでしょうか。
・木庭顕「ローマ法案内」5200円/256頁=20.31円
・木庭顕「現代日本法へのカタバシス」7800円/320頁=24.37円
となります。

実は、羽鳥書店の二冊も「一般の法律家向け」とは言いながら、単価設定から見る限りは、三部作と同じく「人を選ぶ」読者層の想定となっているのです。この背景には、三部作と二部作において実質的に同じ編集者が担当していたという理由もあるでしょう。ただし羽鳥書店だから高いという理由では「ない」ことは、すでに示した通り、蓮實重彦が羽鳥書店から出版した「拾遺」とは約3倍近い単価格差があることから証明されるでしょう。以上のゲームの結果からは、

木庭三部作・二部作>
法学学術書>法学一般書>文芸学術書>文芸批評>純文学>法学教科書>大衆文学

という出版界における単価のヒエラルキー構造が存在していることがわかります。

■木庭顕『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』

ここでやっと本題の木庭教授の新刊となります。さっそく見てみましょう。

・木庭顕『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』3000円/280頁=10.71円

いかがでしょうか。何と!これまでの木庭教授の著書の単価の約半値!なのです。この本の画期性が皆様にも計量的に理解できるのではないでしょうか。この本を企画した編集者はすごいなと思います。最後にこのゲームをまとめると以下の通りとなります。

木庭三部作・二部作>
法学学術書>木庭新作>法学一般書>
文芸学術書>文芸批評>純文学>法学教科書>大衆文学

■感想

計量的に木庭教授の新刊の画期性が判明したところで、内容的な画期性をみてみましょう。まず、H.L.A.ハート「法の概念」から引用します。

ローマ法を印象深く教える仕方は、それがなお実効性を持つかのように語り、個別のルールの妥当性を議論し、それに照らして問題を解決することである。
(ハート「法の概念」)

木庭教授の新刊は、木庭三部作で示した「木庭ローマ法」の学問体系を、最高裁の民事判例を題材に、すなわち実際の事件に当てはめた時に、現行民法の規定・学説・判例の妥当性を議論し、「返す刀で一刀両断にする」ところに画期性があります。上の引用でハートは皮肉としてそのように言っているのですが、それを皮肉ではなく、印象深く「本当のローマ法の制度趣旨」から説く木庭教授の議論には説得力があります。

なぜならば、木庭教授の「返す刀」は、「タメ」が深いからです。記号論や文化人類学の議論、古典学者のホメロス分析、考古学の成果を批判的に総合した「政治の成立」。ギリシャ悲劇の分析から哲学、歴史学、古今東西のデモクラシー論・政治思想史を批判的に読み解く「デモクラシーの古典的基礎」。ドイツ歴史法学、なかんずくサヴィニーを乗り越える占有論を提示し、そこから法的観念体系が占有の派生的形態であることを論証した「法存立の古典的基礎」。これらの長年の思考をベースに、現実を分析する木庭教授の視点は充分に「批判的」です。なので「切れ味」が良いのです。あたかも「ローマ法」を講ずることが法学部の講義そのものであった時代に迷い込んだかのような錯覚に陥りそうです。

新刊の「はしがき」にもある言葉の通り、木庭教授の基本姿勢は「一から疑って考え直す」ことにあります。これは「デカルトから近代の人文学も科学的合理主義も共に始まった」と考える木庭教授の信念なのではないかと思います。

あわせて「はしがき」には、「われわれがどこから来てどこに行くのか」というゴーギャンのタイトルのような言葉も見られます。現代の日本の法が「どこから来たのか」を充分に掘り当てた木庭教授が、「歴史のこの時点」の「こういう見え方」から、われわれが「どこへ行くべきか」にコミットしている書としても、画期的なのではないでしょうか。

また本書を読む人は、現在、法学教室において連載されている「法学再入門―秘密の扉」と併せて読むと、木庭教授の考え方がよりよくわかるのではないかと思います。

個人的には、木庭教授による記号論講義や文化人類学の解説書、ドイツ哲学講義などもあったらいいなと思いますが、無いものねだりでしょうね。

では。

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