« 2014年5月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年6月

詐欺による意思表示の瑕疵の効果は、錯誤無効となるのか?

【今日の言葉】

若い法律家は、法の基礎についてとくに気を配っており、十分に考えずに実定法(従って、ここでは、今日通用する法)とのかかわりにだけ限るなどということをせず、その自然な好奇心、その批判的な問題関心を委縮させていない。
(ディーター・ライポルト「ドイツ民法総則」)

【読書日記】

こんにちは。ともです。
今日は、以下の〔命題〕に関する法的な自明性について、わたくしの自然な好奇心から、批判的な問題関心を広げて考えてみたいと思います。

〔命題〕
「相手方に欺罔された結果、法律行為の要素に錯誤が生じ、その錯誤により意思表示した場合には、錯誤による意思表示の無効を主張することも、詐欺による意思表示の取消しをすることもできる。」

■日本民法典の条文の規定

まずは、現行の日本民法典の規定を見てみましょう。

民法95条(錯誤)
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。

民法96条1項(詐欺又は強迫)
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

■日本民法典の解釈

上に掲げた民法95条と96条を素直に読む限り、詐欺による意思表示の瑕疵は、〔命題〕の通り、それぞれ、錯誤無効ともとれますし、詐欺取消も可能ではないかと思われます。従って、二つの条文が両立可能な場合がありうる、というのが結論になりそうです。

と、私が条文を眺めただけでは、その解釈は何の権威もありませんので、山本敬三「民法講義Ⅰ 総則」から該当する箇所を引用してみましょう。

「詐欺の場合は、表意者の錯誤は、相手方が作り出したものである。このような場合は、表意者の動機の表示を要求すべき理由はない。こう考えるならば、詐欺の場合は、原則として錯誤無効も認められることになる。いずれの要件もみたすかぎり、当事者は、錯誤無効の効果と詐欺取消しの効果のどちらを選択して主張することも可能であるとするのが一般的である。」(山本敬三「民法講義Ⅰ 総則」233頁)

と、このように権威ある民法学者の教科書によっても、上記命題は真であることが確認されました。即ち、日本民法典の解釈としては、「詐欺による意思表示の瑕疵の場合、錯誤無効も詐欺取消もいずれも主張可能」であることになります。

でも、何か引っかかるところが残ってしまうのです。では、日本民法典の成立やその後の民法学の解釈学において指針となった「ドイツ民法」では、どのようになるのでしょうか。
手始めに、以下に、みていきましょう。

■ドイツ民法典の条文の規定

ドイツ民法119条1項(錯誤に基づく取消可能性)
意思表示をした場合にその内容に関して錯誤にあった者、または、その内容の表示を一般にしなかった者は、表意者が実情を知っていたかまたは事実を合理的に評価していれば意思表示をしなかったであろうと推測されるとき、その表示を取り消すことができる。

ドイツ民法123条1項(詐欺または強迫に基づく取消可能性)
詐欺により意思表示をする者または強迫により違法に取り決めをさせられる者は、表示を取り消すことが出来る。

■ドイツ民法典の解釈

上記のドイツ民法の二つの規定を見て気付くのは、錯誤も詐欺・脅迫も、ドイツ民法典では「取消可能」という効果で一致しているということです。日本民法との違いとして、錯誤と詐欺の「要件」に関しては、さほどの違いを感じないものの、錯誤の「効果」が「無効」ではなく「取消可能」となっている点が大きな違いであることがわかります。

それを念頭に置いて、「ドイツの学生が国家試験を受けるための基本書として高い評価を受けている」(訳者まえがき)といわれるディーター・ライポルト「ドイツ民法総則」から、該当する箇所を引用してみましょう。

「123条(詐欺または強迫に基づく取消可能性)による取消は、錯誤による取消が同時に可能である時にも、決して無意味ではない。たとえば、融資者が被融資者の信用能力について詐欺にかかり、その結果、取消が119条(錯誤による取消可能性)2項(人の性質に関する錯誤)によっても、123条(詐欺または強迫に基づく取消可能性)1項によっても考えられるとき、両者による取消が可能である。この場合の解決に際しては、場合によっては、両方の取消可能性が論じられる。」(ディーター・ライポルト「ドイツ民法総則」258頁)

と、このようにドイツ民法典の解釈においても、錯誤と詐欺は両方の適用可能性が論じられることとなるのです。ただし、いずれにしても「取消可能」という効果には差がないことが、「錯誤無効」の効果を規定する日本民法典との差異となります。

では更に、ディーター・ライポルト自身も「ドイツ民法の起源」と認めており、彼が「今日の民法は、数百年の長い発展に基づいており、その発展は、なんといってもローマ法を出発点とする」と説明する「ローマ法」においては、どうなるのでしょうか。

■ローマ法の解釈

ここからは全く違う景色が広がっていきます。木庭顕「現代日本法へのカタバシス」の中の論文「『債権法改正の基本方針』に対するロマニスト・リヴュー,速報版」から引用します。

「錯誤と詐欺・強迫は極めて異なるのである。つまり、いずれの効果を与えるにせよ、統一的に扱うこと自体に問題が存する。」「錯誤は善意の範囲内のできごとであり、これに対して詐欺・脅迫は合意の基盤たる善意を端的に破壊する行為である。」「元来は訴権の相違が異なった効果をもたらした。」「錯誤はinfamiaをもたらさず、合意がなかったというだけであるから、どちらの錯誤ということさえなく、賠償の問題にはならず、詐欺・脅迫は逆に重大なる懲罰的損害賠償責任を発生させ、infamiaが合意基盤破壊者を取引世界から葬る。」(木庭顕「現代日本法へのカタバシス」116頁)

ここでいうinfamiaは、「破廉恥罪」など訳されますが、いわゆるブラックリストへの記載で、手形交換制度における取引停止処分に似たものと考えられます。とするならば、錯誤はinfamiaをもたらさず、詐欺・脅迫はinfamiaの制裁を受ける、となるとそもそも、錯誤と詐欺が二重に適用される、ということ「自体に問題がある」ということになります。錯誤はbona fidesの内部の話であり、詐欺・脅迫はbona fidesが破壊された場合の話だからです。

すなわちローマ法的な観点からは〔命題〕のように「錯誤による意思表示の無効を主張することも、詐欺による意思表示の取消しをすることもできる。」という扱いは、問題外であり、そもそも問題を捉え損ねているのであり、ローマ法において〔命題〕の真偽を問えば「偽」となる、ということでしょう。

■では、どこで我々は間違ったのか?

日本民法の解釈においては、〔命題〕は「真」でした。日本民法の解釈に大きな影響を与え続けてきたドイツ民法の解釈においても〔命題〕は「真」でした。では、我々はどこで間違ってしまったのでしょうか。

そもそも詐欺・脅迫の効果は「懲罰的損害賠償責任+infamia」でした。それが「註釈学派以来詐欺強迫の問題より不法行為の罰金追求の問題を駆逐し、これを取消の問題に限定して行った(民96条)」(原田慶吉「ローマ法」85頁)ことから逸脱が生じたようです。木庭顕が、上記引用に続く、註において「或る意味で中世以来の理解、の全面革新が必要とされる」(119頁・註12)と記述するのは、この註釈学派の解釈自体から修正を行っていく必要性を指摘しているものと思われます。

そしてドイツ民法の成立に重要な理論的支柱を与えたサヴィニーに関して、木庭顕は「サヴィニーが意思表示概念に共通の太い柱を求めたことが全ての始まりである」として、以上の逸脱の『遠因』をサヴィニーに帰しつつ、他方、サヴィニー「自身は詐欺と強迫さえも正当に周到に分かつなどローマ法の歴史的理解に忠実であり、無効・取消二元論を単純に展開するところはない、ように見える。」と、サヴィニーそのひと自身の理解には問題がなかったのであろう、と擁護しています。

となると、この意思表示概念をサヴィニー以降発展させた「19世紀ドイツ」のパンデクテン法学、さらには20世紀のフランス=「合意の瑕疵の理論」の展開において、以上の逸脱が通説化していったものであろうことが推測されるのです。

■現在われわれは、どこへ行こうとしているのか。

ここから、さらに考えると、例えば、次のような立法提案がされるとき、われわれは、どのようにすればよいのでしょうか。

〔立法提案〕
意思表示に錯誤があった場合において,表意者がその真意と異なることを知っていたとすれば表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。

以上の立法提案において、「無効と取り消しうる」の差異も平準化され、「取り消すことができる」に一本化されたとき、〔命題〕は、更に日本法においては「真」であることが強化され、「錯誤と詐欺・強迫」の制度的差異も平準化されることとなるのでしょう。

それは、後世、「十分に考えずに実定法(従って、ここでは、今日通用する法)とのかかわりにだけ限る」視野の狭い立法として、世界から嘲笑の対象とならないよう、せめて、その立法提案が実現した際に、「アジアン・スタンダード」として日本以外の国へ輸出されないことを監視するしかないのでしょうか。海外においても、日本民法の「プレゼンス」=「実力」を示したいというのは、何故か、憲法の議論と連動しているように思われるのは、ただの偶然でしょうか。

では。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年5月 | トップページ | 2014年9月 »