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想像力にゆだねること―高畑勲「かぐや姫の物語」

【今日の言葉】

天の海に 雲の波立ち 月の舟 
星の林に 榜ぎ隠る見ゆ
(柿本人麻呂・万葉集7-1068)

【読書日記】

こんにちは。ともです。
今日は、映画「かぐや姫の物語」を観た感想を少々。
(ネタばれありますのでご注意ください)

■かぐや姫の罪

数年前に、原作の「竹取物語」を読んだときに、三つの感想を持ちました。

一つは、かぐや姫って、子どものころ読んだ絵本とは違って、上から目線の高飛車な物言いをする人なんだなあ。と。

もう一つは、月からの迎えが、かぐや姫の罪の刑期が終了したからであり、かぐや姫の「罪」とはなんだったのだろう。と。

そして、これって、実写映画にしてみたら、とても面白いSFになるのではないか、と漠然と考えたのを覚えています。

今回、高畑勲「かぐや姫の物語」を見たいと思った理由も、「罪」とは何か、という答えを提示しているということと、どこまでSF的描写が入るのだろう、という興味からでした。

■高畑勲「かぐや姫の物語」

で観てみた感想ですが、「大変、原作『竹取物語』に忠実な、映画化だ」と思いました。

まず、あらすじは、ほぼ「竹取物語」を踏襲しております。次に、SF的な要素は極力排除されていました。唯一、最後に月へ向かうかぐや姫が、振り返って、青く丸い地球を見る場面。これはSF的な解釈を必ずしも排除しない高畑勲の姿勢を感じ取りました。

原作に忠実でなかろう、と思われた点は、かぐや姫の言動が、ただの高飛車な不思議ちゃんではなく、ジブリ的なヒロイン像といえば語弊があるのでしょうが、人間的な心を持っていたところでしょうか。これも、「このような解釈も原作からは出てこよう」という意味で、それほど違和感はありませんでした。高畑勲の狙いがまさにここにあったろうと思われます。

■SF的な解釈

で、以上を承知で、勝手に、SF的解釈を施して、映画を読み直してみよう、というのが以下の試みです。あまりにも私の勝手な読み方なので、高畑勲の真意がこうであるなどとは誤解しないようにお願いします。

まず、かぐや姫の登場シーン。光り輝く竹の子がパカっと開いて、中に、かぐや姫が入っています。SF的な解釈を施せば、異星人の流線型の飛翔体の操縦室のキャノピーがパカっと開いたとも取れる場面です。イメージ的には、宇宙戦艦ヤマトでイスカンダルからの使者・サーシャを古代進が発見する場面みたいなものでしょうか。
px1img.getnews.jp/img/archives/2013/04/yamato.jpg

では、何故、竹の子なのでしょうか。

それは、「この時代の人々」からは、「そのようにしか例えようがなかった」からだと思われます。この点については、スピノザによる聖書の奇跡についての説明が参考になると思われます。

スピノザは「神学=政治論」において、預言者とは「神から啓示された事柄について確実な認識を持つことができない」民衆、「単に信仰によってのみ啓示された事柄のみしか」受け入れられない無知で非啓蒙的な民衆のために、神の啓示=すなわち世界の真実を「解釈する者」であると定義しています。その意味で、奇跡とは民衆の理解できる言葉で、世界の真実を伝えるための「譬え」なのだといいます。

また、月の人がかぐや姫を迎えにくる場面も同じです。「この時代の人々」にとってみれば、天からやってくるものといえば、仏様。だから、「阿弥陀来迎図」のようなシーンにここはなっているのです。SF的な解釈を施せば、ルナリアン(月の人)の宇宙船が、光り輝き飛来して、神経兵器を利用し都の軍勢を無力化したうえで、流刑囚たるかぐや姫を勾引していった場面、ととらえることが可能です。イメージ的には映画「未知との遭遇」の宇宙船飛来シーンでしょうね。
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/typh/id22811/pidview003

■では何故?

高畑勲もこのようなSF的解釈を知らないわけではありません。ゆえに、最後の場面で青く丸い地球という「この時代の人々」が決して見ることなく、決して想像することができない場面を描いているからです。そしてこれは、唯一、地球の記憶をなくしたルナリアンたるかぐや姫の視点から見た世界の真実の場面であるということです。

では何故、この最後の場面までは、まるで「まんが日本昔話」のような和風の水彩画のようなアニメーションによってこの映画は描かれているのでしょうか。それは、「この時代の人々」の視点、なかんずく翁(おきな)と媼(おうな)の視点からこの物語は描かれているからなのです。

その点でもやはり「大変、原作『竹取物語』に忠実な、映画化だ」といえます。

高畑勲はこの絵の特徴について「どうかこれをよすがにしてこの後ろにあるホンモノを想像してくださいね」というものであると説明しています。ここでいう「ホンモノ」とは、日本の自然の多様性や美しさ、都のきらびやかさなどであろうと思われます。

が、私の勝手な想像力は、更に飛躍して、この「かぐや姫の物語」の背後にはもう一つのSF設定の裏「かぐや姫の物語」ヴァージョンがあって、そこでは、ガチなハードSF設定で、地球の歌が月世界では禁止されている理由、月世界人たちが地球を流刑地としている理由、月世界人のハイテクノロジー、すなわち月世界人の非生体的記号操作による生存形態と都市形成などがあり、実は「その後のかぐや姫」という続編があるのではないか、などと思ってしまうのです。

■冒頭に掲げた柿本人麻呂の歌を再掲します。

天の海に 雲の波立ち 月の舟 
星の林に 榜ぎ隠る見ゆ
(柿本人麻呂・万葉集7-1068)

これですら、「ルナリアンの宇宙船が煙を立ち上げて昇っていく様を仰ぎみる人麻呂」という映像が浮かんだ私ですので、どうかご容赦ください。あ、最後に。高畑勲「かぐや姫の物語」は傑作ですよ。

では。

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コメント

ともです。以下蛇足です。

さっきふと、竹取物語の裏設定は既にあるかもしれない、と思いました。
ジブリに近いSF作家といえば、エヴァの庵野秀明監督です。
で、ググってみたら、既に同じようなことを考えていらっしゃる方がいたので、リンクさせていただきます。

http://imnstir.blogspot.jp/2012/06/blog-post_30.html

なるほどエヴァは竹取物語だったんですかあ!

投稿: とも | 2013年11月24日 (日) 18時53分

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ジブリ高畑勲監督が描くかぐや姫。 彼女の罪とは何だったのか。    【送料無料】かぐや姫の物語 [ 高畑勲 ]価格:462円(税込、送料込) 彼女の罪については、以下のページがある。 『かぐや姫の物語』考察。「姫の犯した罪と罰」とは何か(エキサイトレビュー) 「虫…... [続きを読む]

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