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2013年5月

ギリシャとローマの交錯点としての憲法96条―木庭顕「デモクラシーの古典的基礎」「法存立の歴史的基盤」から読む

【今日の言葉】

「学術的」とは別の言葉で言えば「批判的」とも言えるだろう。
(長谷川修一「聖書考古学」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日は、木庭顕「デモクラシーの古典的基礎」「法存立の歴史的基盤」を解釈した地点から、―いわば「斜め後ろ」から―、憲法96条を読んでみたいと思います。あくまで私の「解釈」ですので、みなさまは「批判的」にお読みください。

■憲法96条を素直に読んでみる

まず、素直に条文を読んでみましょう。

日本国憲法 第9章 改正
第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

■ギリシャ型デモクラシーとローマ型法システムの交錯

この96条には、ざっくり言ってしまえば、唐突かもしれませんが、古典期のギリシャとローマの歴史的経験の結婚がみられます。

まず、木庭顕の基本的な歴史的認識をみてみましょう。木庭顕がギリシャを扱った「デモクラシーの古典的基礎」およびローマを扱った「法存立の歴史的基盤」の両著書によると、最初に、ギリシャにおいて狭義の「政治」が成立し、社会構造変動に伴って民主化が進展するとともに、ギリシャでは「デモクラシー」が成立したとされます。またローマにおいては、このギリシャ型のデモクラシーの影響もうけつつ、ローマ社会構造に応じて成立したものが「法」である、ということになります。すなわち、「デモクラシー」と「法」は、政治成立後の各々の社会構造変動に対応した、等価なものであるとされるのです。

ここで憲法96条を見ると、「国会」「国民投票」というデモクラシー的契機が、ギリシャのデモクラシーから比較的原型に近い形で範をとったことが「明瞭に表れている」状況がみてとれます。他方、憲法という「法」による儀礼的(手続的な)契機がみられ、そこにはローマ法を範にとった法システムの「表出」がみられます。ここでは両者が端的に交錯していることがみてとれるのです。

「デモクラシー」と「法」がともに、社会から見放された「最後の一人」を守ること、に対するギリシャとローマの各々の解答方法であるという木庭顕の歴史的な観点からは、憲法96条は、ギリシャ型デモクラシーとローマ型法システムの二重のプロテクトをかけた手厚い規定である、ということが言えるかもしれません。

では、デモクラシーによるプロテクトとは、どういうものでしょうか。

■木庭顕「デモクラシーの古典的基礎」

木庭顕の「デモクラシー」の定義は、「二重分節」というタームによって記述されます。ここが難しいところなので、あくまで私の解釈で、ざっくり言い換えてみたいと思います。

まず、デモクラシーの前提となる「政治」の成立は、「分節」が成立することでした。言い換えると、「自由な主体(分節化された主体)が、暴力や不透明な取引を排除し、明晰な(すなわち分節化され、ディアレクティカ=純粋な論理の力による推論によって)かつ自由な議論によって、一義的にものごとを決定すること」が政治の成立であり、デモクラシーの前提となります。デモクラシーはこれを更に「二重に分節」するものとしてとらえられます。

「自由な議論」というのも結論と論拠の二重に分節され、「結論に対する論拠が歴史学等の議論の蓄積によって充分に批判され、社会構造を射程に入れた議論」によって第一段階がクリアされたものだけ、「本来の決定手続き」である次の第二段階の議論の俎上に上る、というのがデモクラシー段階の議論・決定方法だとされています。

憲法96条の文脈に沿って更に意訳すると、「民会」(96条で言えば、国民投票)にかける前段階の「評議会」(96条で言えば「国会」)による明晰かつ自由な議論のみが第一段階の議論をクリアする条件であって、第二段階の「民会」(国民投票)に進む資格要件となる、ということです。ここで、意外なことに憲法96条にギリシャ型デモクラシーがくっきりとした輪郭を備えて表れていることが端的にみてとることができます。

■違憲審査権の古典的基礎

さらに木庭教授はデモクラシー段階に入ったアテナイの状況を次のように記述します。

「こうなる(デモクラシー段階に入る)と政治的決定はオールマイティーではなくなる。一旦決定されても前提的資格が疑われる場合がある。瑕疵を帯びる場合がありうる。前提的批判が十分ではなかったのではないかと。そのような場合アテーナイなどでは裁判によって政治的決定を争いえた。瑕疵を帯びた決定を提案したのは政治システムの根幹を破壊したことに相当する、というのである。」(「ローマ法案内」46頁)

これはまるで、違憲審査権とうりふたつではないでしょうか。

■立憲主義

とはいえ、木庭顕によると、ギリシャでもローマでも立憲主義は、実質として人々の意識の中にビルトインされ機能することがあっても、規範で縛るということはなされなかったと説明しています。

近代の立憲主義は、これら古典期のテクスト解釈から自らの新しい制度を作ってきました。が、中でもローマ型の法システム、すなわち、法により「最後の一人」を守るという原理に導かれ、人権規定や成文憲法を生むことになったようです。すなわち、ギリシャ・ローマの経験の上に、自らもう一回、ローマ型の法システムによって、一段と厳しい縛りをかけたということになります。

それが憲法96条の文脈で言えば、「明晰かつ自由な議論のみが第一段階の議論をクリアする条件」を、実質的に議論の中から判断するにとどまらず、「三分の二以上の賛成」という規定で縛りをかけていることに、遠く響いてきているのかもしれません。

■標準的な教科書では...

このギリシャとローマの交錯を、端的に表現している代表的な憲法教科書があります。引用してみましょう。

「この人権(自由の原理)と国民主権の原理(民主の原理)とが、ともに『個人の尊厳』の原理に支えられ不可分に結び合って共存の関係にあるのが、近代憲法の本質であり理念である。」(芦部信喜「憲法」第5版、387頁)

ここでは、「民主の原理」=ギリシャ型デモクラシーと、「自由の原理」=ローマ型法システムが、「個人の尊厳」=「最後の一人」を守るという共通の原理に貫かれいることが端的に表現されています。

そして、この記述が憲法96条を解説した「三 憲法改正の手続と限界」の「3 憲法改正の限界」にあるフレーズであることは、偶然の一致ではないことがわかるのではないでしょうか。

では。

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