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ソクラテスの法学―木庭顕「法学再入門:秘密の扉-民事法篇」

【今日の言葉】

文化とは、文をもって化する、文をもって民を治める、という意味なのです。
(古井由吉「漱石の漢詩を読む」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日は、木庭顕「法学再入門:秘密の扉-民事法篇」の「第一話,占有」がおわったところで、多少感想を。

■なんでいまさら...

木庭教授が約10年ぶりに法学教室で連載を開始したと聞き、大河ドラマのような長編大作である「政治の成立」「デモクラシーの古典的基礎」「法存立の歴史的基盤」という三部作を出しつつ、それらを要約した「ローマ法案内」という概説書や、一般の法律家も読みやすい言葉で書いた「現代日本法へのカタバシス」などの論文集で、さらにそれらの補足を行ってきて、いまさら何をやられるつもりなのかな、と訝しがっていたところ、4月号を読んでやっとわかりました。

そう、木庭教授は「教育がしたいのだ」と。

■ソクラテスの方法

そのソクラティック・メソッドの論述は、実際に行われていた授業(「学習困難者のための法学再入門」)を下敷きにしているとはいえ、騙されてはいけないのは、そこに出てくる生徒は、すべて木庭教授が生み出したキャラクターだということです。

注意深く読むと生徒A以下すべての登場人物には、それぞれ役割が振られていることがわかります。木庭教授のタームにすれば、Critiqueが施されているのです。言い換えれば、そこにはディアレクティカ(弁証論)が施された概念的人物たちが登場している、といってもよいでしょう。

そう、木庭教授が「ディアレクティカ」と、わざわざ手垢の憑いた「弁証法」という用語法を周到に排除してきたのは、ソクラテスの問答法・産婆法dialektikeを、なるべく原初に近い形で想起して貰うためでした。

ここでは、原型の授業(「学習困難者のための法学再入門」)をソクラティック・メソッドで行いつつ、その二次テクスト(「法学再入門:秘密の扉-民事法篇」)をソクラテス=プラトンのディアレクティカを用いて作っている点で、なんと、木庭教授はソクラテス(は周知のとおりテクストを後世に残さなかった)とプラトン(がソクラテス文学を生み出した)の一人二役までやってのけていることになります。すごい意気込みですね。

■「ゼンベエどんとオハナぼう」のお話=ウェルギニア伝承

そのソクラテスとプラトンを気取った木庭教授が、最初に持ってくる「お話」が「ゼンベエどんとオハナぼう」です。こりゃ「法存立の歴史的基盤」を読んだ人には明らかな通り、占有概念成立の原基となったローマの「ウェルギニア伝承」のパロディです。

さしずめ、ゼンベエどんは娘を奪われる父ウェルギニウスVerginius、オハナぼうは悲劇のヒロインである娘ウェルギニアVerginia。 対するゴンザエモンは悪代官アッピウス・クラウディウスAp.Claudius、ゴンベエはその子分M・クラウディウスM.Claudiusといったところでしょうか。

「ウェルギニア伝承」は原典の精密な訳ではありませんが、現在では日本語でも読めるので(抄訳ですが、リヴィウス著・北村良和編訳「[抄訳]ローマ建国史(上)」や、ノーベル文学賞を受賞したモムゼン「ローマの歴史」による熱い口調の翻案、など。「法存立の歴史的基盤」でも大略翻訳がついて理解できるようになっています)わざわざパロディにしなくてもいいのになあ、と思う反面、ソクラテスに立ち返るためには、日本の昔話に模した「お話」によって、予断なく、まるでギリシャ人のように考える・想像するという教育的配慮をおこなっていると評価できるのではないでしょうか。

兎角、「難解だ」とされる木庭「占有理論」を『ここまでわかりやすく』例解したということは、現在のゆとり世代の学生水準に合わせたという面があるにせよ、面白く伝えたい・教えたいという、ここ最近の木庭教授の教育にかける情熱が伝わってきます。その情熱は、東京大学出版会の機関紙「UP」2013年2月号に掲載された「法科大学院をめぐる論議に見られる若干の混乱について」という論考にも見られますし、「Business Law Journal」2013年6月号の「放蕩息子の効用」における卒業生へ対する暖かい視線にもつながっているようです。

■ゴダール「フィルム・ソシアリスム」

と、法学教室の4月号・5月号を読んできて、ふと既視感に襲われたのは、ゴダールの映画「フィルム・ソシアリスム」の「予告編」と「本編」の関係に、この連載が何か似ていると思ったからです。

ゴダール「フィルム・ソシアリスム」の予告編では、102分の本編を高速再生によって2分で全編流すというよく言えばアヴァンギャルドな手法、有体に言えば人を食った手法がとられています。予告編を見て本編を見に来た観客は、全部見ているはずのものを、改めて通常速度で見直すことになります。ここで観客は、良く訳のわからなかった予告編が本編ではこういうものであったのだと納得することになるのです。(とはいえ本編を見てもわからんという観客は多数いると思いますが)

実は、木庭教授の上記の著作群にも、「予告編」が存在していることを知っていましたか?

「岩波講座 社会科学の方法〈6〉社会変動のなかの法」(1993年)に収録された木庭顕「政治的・法的観念体系の諸前提」がそれです。

■木庭顕「政治的・法的観念体系の諸前提」

この論文「諸前提」は本文が15ページ足らずという短い論考ですが、以後の三部作「政治の成立」「デモクラシーの古典的基礎」「法存立の歴史的基盤」の基本線がすべて凝縮され、圧縮されており、非常に密度の濃い記述となっています。そのためポイントを落とした脚注が本文以上の17ページにわたって綴られているというすごい形式になっています。

「法存立の歴史的基盤」が出版されたのが2009年ですから、「諸前提」で展開された「予告編」が、「本編」たる三部作で、実に16年の永きにわたって、膨大な2500ページを費やして「解凍」されてきたことがわかります。

ここでゴダールとの比較をすれば、ゴダールが予告編を2分÷102分=1.96%に圧縮したよりも更に大きく凌駕し、木庭教授は32頁÷2500頁=1.28%に予告編を圧縮していたことになります。ここで人は、木庭教授の初期の研究プログラムが、いかに周到に準備され、かつ、射程の長いものであったかと驚かされることになるのです。

■占有原理

そして「諸前提」において「別に発表予定の研究」と予告されていたウェルギニア伝承の分析が「法存立の歴史的基盤」において16年の永い冷凍状態を解かれ全面に展開しているのを人は眩しそうに眺めることとなります。

とはいえそのエッセンスを伝える「ローマ法案内」では、明示的にはウェルギニア伝承を取り上げた議論を行っていません。「現代日本法へのカタバシス」ではリファーがなされるものの、その意義を十分に伝える形には至っていないのが実情です。

今回の「法学再入門:秘密の扉-民事法篇」の「第一話,占有」において、そのウェルギニア伝承を多少のパロディを交えて伝えているのは、「法存立の歴史的基盤」ではローマ史歴史学のプロトコルに則って厳密な分析を行っていたことにより、かえって難解に見えていた占有原理を、『あたかもギリシャ人であるかのように』木庭教授が、本来は水と油の関係にあるギリシャ哲学とローマ法を、いったん忘却して架橋しようとしたアヴァンギャルドな試みなのかもしれません。

「Liviusのテクスト自体へのCritique,これは以降長く結局はアヴァンギャルドでありつづける」(「法存立の歴史的基盤」30頁)。

という木庭教授のつぶやきがきこえてきそうです。

では。

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コメント


ともさん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

ところで、
法学教室の連載を読み始めたのは
去年の11月号くらいでありまして、
そこからバックナンバーに戻ったときには、
ともさんの記事で言うように、
『そう、木庭教授は「教育がしたいのだ」と。』
という意味での企画だと思っていました。

第二回で、もっと壮大なテーマだということについて、
前回は書き込みをさせて頂きましたが、
どうやら「教育がしたい」という木庭先生の熱意も
同時進行のようだ、というご報告です。

というのも、
(ともさんもご存知かもしれませんが、)
「木庭顕著[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う」
が2015/1/14に勁草書房より出版されます。

つまり、ともさんの記事はいち早く当該出版を予言していた…のでしょうか(驚愕)


ここからは、私の余談ですが

さきほど出版を知って、小躍りして喜んでいます。

なんといっても「内容的に、私の有する素養で難なく読めそう」ということがポイントです。

今から心待ちにしているところであります。

以上、長くなりましたが、
新年のご挨拶と、最近の動向報告でした。

ではでは

投稿: よし | 2015年1月 3日 (土) 01時02分

よしさん

あけましておめでとうございます。

木庭先生の「笑うケースメソッド」楽しみですね。
確か、今度の本は、東大ローの授業が基なのではなかったかと思います。この出版を企画された編集者はすごいなとおもいます。

本が出たら、よしさんのご感想もお聞かせ下さると幸いです。

では。

投稿: とも | 2015年1月 4日 (日) 15時02分

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