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2012年1月

Contemporary Styleな作曲家-吉松隆・大河ドラマ「平清盛」

【今日の言葉】

遊びをせんとや生まれけん 戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの声きけば わが身さえこそゆるがるれ
(後白河法皇編「梁塵秘抄」359歌)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日はNHK大河ドラマ「平清盛」を観た感想など。

■藤本有紀「平清盛」

このドラマで鳥羽上皇を演じる三上博史は、インタビューの中で、「藤本有紀さんの脚本を読んで、ギリシア悲劇やシェイクスピア作品を想起しました」と感想を語っていますが、私も第一話を見て、古典ローマのウェルギニア伝承を思い浮かべました。

舞子(吹石一恵)が白河上皇(伊藤四郎)の前に捕らえ差し出される。場面は白河院のお白州(裁判所)。まるで、ウェルギニア伝承において、悪代官アッピウスが、平民の娘ウェルギニアを許婚イキリウスから奪おうとした裁判の場面を想起させます。祇園女御(松田聖子)や「舞子をわが妻としとうございます」という平忠盛(中井貴一)の必死の抗弁も虚しく、「命をもってあがなってもらう」と死刑が宣告されます。

社会に見捨てられた「最後の一人を守ること」、いいかえれば、「かけがえのない一人の女性を守ること」という、後のローマ法における占有原理の原基となったこのウェルギニア伝承と、ほぼ同じ形の悲恋物語がここには語られているのです。舞子は平安末期の歌舞遊女である白拍子という設定でした。これも、同じく占有原理が貫く物語である、ローマの喜劇作家プラウトゥス「幽霊屋敷」Mostellariaのヒロインであるピレマティウムが芸妓meretrixであったことを思い起こさせます。

ウェルギニア伝承の後、ローマでは何が起こったか。専制体制が打倒され新しい政治が開始され、法が成立しました。「平清盛」が、平清盛の出生からではなく、後の時代の源頼朝(岡田将生)による鎌倉幕府の成立を予感する場面から始まることは偶然の一致ではないでしょう。平安末期の荒廃した「戦争状態」が、ウェルギニア伝承と同型の動機を持って、平清盛から源頼朝を経て「社会状態」に移行することが、この第一話の冒頭の場面で示唆されているのではないかと思います。

■吉松隆「メモ・フローラ」

と、意外なことにローマ法原理に重ねて観てしまった大河ドラマですが、実はここ数年まったく観ていなかった大河ドラマを、わざわざ第一話からチェックした本当のお目当ては「吉松隆の音楽」でした。既に交響曲を何曲も発表しているクラシックの作曲家ですが、最近では、映画「ヴィヨンの妻」で ―退廃的な太宰治の内面を描写したかのような― 映画音楽も手がけています。

なぜ、吉松隆の大河ドラマの劇伴に注目するかといえば、もしかして彼は、日本の国民的作曲家になるのではないか、というひそかな期待を持っているからです。とはいっても政治制度や法律的擬制としての国民とはそれほど関係がなくて、例えば、「フランスのラムルー管にベートーヴェンを弾かせるとまるでダメなくせに、ラヴェルを弾かせると途端に音楽が生き生きとする」といった意味における国民性です。いわば音楽における「方言」のようなものに近いと言ってよいでしょうか。

日本にも著名な現代作曲家は幾人もいますが、そのような方言をもった作曲家は、彼をおいては他にいないのではないか、と私には思われます。「いわゆる」現代音楽に決然と叛旗をひるがえし(ている点で「通の方」の評価が分かれるみたいですが)、甘いメロディーを奏でる現代の作曲家ならば他にもいるはずです。彼の音楽には、その際立った「方言性」とでもいうべきものがあり、われわれの耳には、心地良く音楽が入ってくるように思われます。ピアノ・コンチェルト「メモ・フローラ」が彼のその特性を最も良く示しているのではないかと思われます。

■Contemporary Style(今様)な作曲家

冒頭に引用した「梁塵秘抄」の歌は、大河ドラマ「平清盛」おいて舞子(吹石一恵)による「今様」の唄として節をつけて歌われています。「梁塵秘抄」を読めばわかるように、「今様」の大半は、白拍子によって歌われた俗謡で(松田聖子の役「祇園女御」は、後に、後白河法皇の今様の師匠「乙前」となるようで、引用した歌との繋がりが示されています)、同時代の「新古今和歌集」のようなハイ・カルチャーではなくもっと下賎なサブ・カルチャーに属するものです。

下賎なサブカルですから、もちろん、「遊びをせんとや生まれけん ~」の歌には、二重の意味が含まれています。「無心に遊ぶ子どものように夢中で生きたい」という大河ドラマ的な模範解答から、「遊女として生まれたからには~」という遊女の憂愁を歌った唄とも解することまでもできるのです。後白河法皇はその意味をわかった上でこの唄を拾遺していると考えたほうが良いでしょう。

吉松隆も、まるで後白河法皇のように、ハイ・カルチャー(クラシック音楽)に属しつつ、サブ・カルチャー(反=現代音楽。TARKUS!)とのあわいに立っているようです。Contemporary Style(今様)な作曲家、とでも呼んでみたいところでしょうか。

では。

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