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見つけたぞ。何を?-えすとえむ「このたびは」、ジャン=クレ・マルタン「フェルメールとスピノザ」

【今日の言葉】

Elle est retrouvée.
Quoi? - L'Éternité.
C'est la mer allée
Avec le soleil.
(Arthur Rimbaud―L'Eternité)

もう一度探し出したぞ。
何を?永遠を。
それは、太陽と番った
海だ。
(アルチュール・ランボー「永遠」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日は最近読んだ印象に残った本をご紹介します。

■えすとえむ「このたびは」

数年前に、ふと手にした大学時代の教科書の後ろ扉に、ランボーの詩「永遠」が書き写してあるのを見つけて、嗚呼あのときはゴダール「気違いピエロ」を観てかぶれていたなあと懐かしいような、こっ恥ずかしいような気持ちになりました。おそらく期末試験の気休め、というよりも現実逃避にランボーの詩などを書き写していたに違いありません。その既視感をマンガで味わうことになろうとは思ってもみませんでした。

えすとえむの「このたびは」を手に取ったのは、当然、話題の「うどんの女」がよかったからです。この短編集はどれもいい話ですが、第三話「K」でランボーの詩の不意打ちをくらいます。死と詩。永遠と愛。若かりし日のランボーを読む男。夢の中の出会い。どれも、ぐっと心を鷲掴みです。「気違いピエロ」を髣髴とさせる海の場面。主人公ユミの名前は「優海」。優海がつぶやく「・・・・・・そんな・・・」は、「気違いピエロ」の主人公が、裏切り者のヒロインをピストルで撃った後、海岸に出て、自分の首に爆弾を巻きつけて火をつける、「こんなバカな死に方が・・・」というセリフと重なる場面です。すごい才能の作家ですね。

■ジャン=クレ・マルタン「フェルメールとスピノザ <永遠>の公式」

えすとえむの「このたびは」を読むすこし前から読み始めたのが、ジャン=クレ・マルタン「フェルメールとスピノザ <永遠>の公式」。フェルメールとスピノザがすれ違う17世紀オランダをスリリングに描き出す哲学的=絵画的エッセイです。

なぜ、フェルメールの描く女性は、永遠のまなざしを持ってわれわれを見つめるのか。
なぜ、フェルメールはいつも光るが差し込む部屋を描くのか。
なぜ、スピノザの永遠は、われわれに生きる力を与えるのか。

もしかしたら、この本を読んだ人には、その答えが見つかるかもしれません。

では。

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