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2011年10月

魂の法的観念体系による擁護のために-木庭顕「現代日本法へのカタバシス」

【今日の言葉】

「哲学は何の役に立つのか?」と問う人には次のように答えなければならない。
自由な人間の姿を作ること、権力を安定させるために神話と魂の動揺を必要とするあらゆる力を告発すること。たったそれだけのこととはいえ、いったい他に何が、そんなことに関心を持つというのか。
(ジル・ドゥルーズ「ルクレティウスとシミュラークル」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日の読書は、日本学士院賞をめでたく受賞された木庭顕教授による最新論文集「現代日本法へのカタバシス」です。

この論文集は、かつて雑誌「法学教室」に連載され話題となった表題作「現代日本法へのカタバシス」のほか書き下ろし論文2本を含む論文集です。木庭教授には他にも、「政治とは何か」とか、「ローマのポーコック」など、残念ながら今回の論文集には収録されなかった大変面白い論文がまだあります。それでも、この10本の論文が一冊の本でまとまって読めて、しかも、索引までついているというのは「お得感」があると思います。

「えっ、でも高いよ」という方には、木庭教授の比喩に倣い料理にたとえると、「ミシュラン最高評価を獲得した三つ星レストランのオーナーシェフが、わざわざあなたのために、フルコースを用意してくれるのだから、それなりの値段がするに決まってるじゃん」とでもお応えしておきましょう。帯の惹句にするならば、「ローマ法の最高級シェフが日本法を料理した珠玉の作品集!」となるかもしれません。とりわけ昔からの常連客にとっては、新作料理の出来が気になって仕方がないものですから、まずは、今回収録された「書き下ろし」論文のひとつ、「夏目漱石『それから』が投げかけ続ける問題」を読んでみましょうか。

■木庭顕「夏目漱石『それから』が投げかけ続ける問題」

すこし前にブリヂストン美術館で「青木繁展」が開催されました。そういえば、夏目漱石の小説に青木繁の絵が描かれていたなあと思い出して、自分の勘違いからつい「三四郎」を手にとってしまい、それはそれで思わずガン読みしちゃって面白かったのですが、あらためて探してみると夏目漱石による青木繁への言及は「それから」の方でした。(勘違いの副産物は、このブログの記事:彼女たちのいる街で-青山真治「東京公園」をご参照ください)

その青木繁の「わだつみのいろこの宮」(「いつかの展覧会に青木と云う人が海のそこに立っている脊の高い女を画いた。代助は多くの出品のうちで、あれだけが好い気持ちにできていると思った。」『それから』第5章)が、東京府勧業博覧会に出品されたのが1907年(明治40年)。同じ年、40歳の夏目漱石は、東大教授の座を蹴って朝日新聞社に入社しています。「それから」が朝日新聞に連載されたのが、その2年後の1909年(明治42年)ですから、主人公である代助とヒロイン三千代は、20世紀最初の10年を生きる「現代人」として描かれていたことになります。「それから」は、明治時代における「現代小説」として書かれたものであったのです。

この時代背景を法律制度の側からみると、大日本帝国憲法が発布されたのが、20年前の1889年(明治22年)、法典論争を経て明治民法が施行されたのが11年前の1898年(明治31年)、現行刑法に至っては同時期の1907年(明治40年)に制定されていますから、不平等条約解消を基本動機にもった西洋法制度の継受が、近代日本において急速な勢いで進んでいった時期であることがわかります。近代日本にとって、最初に経験したグローバリゼーションの時代だった、といえるのかもしれません。

木庭教授が、ギリシャ・ローマの高みから「降りて」(「カタバシス」)、「日本文学」を論じるにあたり、これほど最適な時代はないといってもよいでしょう。その卓越したテクスト・クリティークによって、この論文は単なる文芸批評にはとどまらず、現代に繋がる「日本の社会構造」が抱える問題を浮き彫りにした、歴史学のモノグラフとして一流の作品となっているからです。

■歴史学の方法論

では、なぜ夏目漱石を論じることが歴史学になるのでしょうか。

「法存立の歴史的基盤」をお読みの方ならわかるように、ローマの喜劇作家プラウトゥスのテクスト・クリティークを行いながら、木庭教授は、歴史学として、bona fidesが成立したローマ古典期の社会構造を鮮やかに分析していました。その高度な手法が、ここでは、夏目漱石に対して応用されているのです。

それはまるで、フランス料理の一流シェフが和食を料理してみたら、高級料亭の味を凌いでしまったようなものです。さらにいえば、そもそも、木庭三部作の第一作、「政治の成立」でホメロスを分析した鮮やかな手つきが、既にそうだったことを思い出しましょう。「歴史学としての文芸分析」という、誰にでも使えるわけではない、とはいえ、誰に対しても反論が開かれているという高度な技(「完全に新しい実証の方法」『カタバシス』147頁)がそこでは駆使されていたのでした。

■枝分節(segmentation)と分節(articulation)

とはいえ、木庭教授の「それから」読解は、匠の技を読者に見せるために行われているわけではありません。もう一つの「書き下ろし」論文、「『ローマ法案内』補遺」において日本の民事法を分析している前提作業として、「それから」読解による日本の社会構造分析がなされているのです。その意味で、この二つの「書き下ろし」論文は双子の関係にあります。「それから」読解が「総論」で「補遺」が「各論」であると言い換えてもよいでしょう。

「それから」読解では、これまでの三部作では、その膨大な論証と註によってかえって聴き取り難かったさまざまな「倍音」が、シンプルで広い空間に響く余韻として読む者の耳に伝わってきます。(音楽についても木庭教授は造詣が深いことを示す例として、「政治の成立」262ページ註〔7・5・1〕や「法存立の歴史的基盤」723頁のmeretrix論などがあります。)その重要な倍音の一つが、「政治の成立」で道具概念として提示された枝分節(segmentation)と分節(articulation)の概念です。「一見さん」にはなかなか聞き取りづらいかもしれませんので、簡単に触れておきましょう。

この対概念は、マルセル・モース「贈与論」を徹底的に批判的に読解する中から、木庭教授が見事な手捌きで抽出した概念です。枝分節(segmentation)は「政治を成立させない」混沌とした社会原理を批判する概念としてつかわれます。対して、分節(articulation)は「政治の存立条件となる」鋭利な刃物で切り取ったような一義的で明晰な社会を意味します。「それから」読解においては、代助を取り巻く「父と平岡」の関係が枝分節関係(segmentation)にあるとして分節(articulation)をになうべき新しい世代(「息子」)である代助によって批判の対象となっていることが論証されています。

ここでマルセル・モース「贈与論」とは明示されていませんが、221頁の註4)において「フランスの社会人類学」という指示があることに注意しましょう。さらには「ローマ法案内」で、「もちろん必読であるのはM.Mauss『贈与論』であり、是非ともフランス語での読書をすすめる」(40頁註1)と注意喚起されています。木庭教授がわざわざ「必読」として「是非とも」などと原書で読むように例外的に「二重に」強く促しているのは、ここが、すべての分かれ目だからなのです。気になった方は、「贈与論」を片手に「政治の成立」を注意深く読んでみましょう。(普通に日本人が「贈与論」を読むと中沢新一になってしまうので、二重の意味で注意深く読みましょう。)

■さらなる倍音

このように註を読み解くことで、本文では見えなかったレベルの景色が見えてくるのが木庭教授の論文を読む醍醐味の一つにもなっているのですが、このような論述スタイルは、ジル・ドゥルーズが「スピノザ」においてスピノザ「エチカ」の論述スタイルについて指摘したことに共鳴するような気がします。「現代日本法へのカタバシス」12章「出口」に描かれる「エラスムスのことを尋ねて来る」「若い女性」(75頁)とは、おそらくスピノザとホッブズの聖書論を徹底してテクスト分析した福岡安都子のことだろうと思われますし、なによりもまず、木庭教授自身が、「デモクラシーの古典的基礎」において「Spinozaの理論構成の中にわれわれは実はデモクラシーに関する潜在的に最も正統的な形而上学的基礎づけの可能性を見出すことができる」(23頁)と高く評価していたことを思い出すべきです。

そしてジル・ドゥルーズについても、「政治の成立」註〔2・4・2〕においてさりげなく「差異と反復」へのコメントが挿入されていることに注意を払うべきです。冒頭に引用した「自由な人間の姿を作ること、権力を安定させるために神話と魂の動揺を必要とするあらゆる力を告発すること」というドゥルーズの言葉によれば、哲学のみがその作業を行う資格を持ち、また、哲学以外にはそのようなことに関心を持つものはない、とされているかのようですが、木庭教授の「現代日本法へのカタバシス」読むと、「政治学、法学でもそこまでできるんだよ。否、それこそが本分である」というドゥルーズ対する応答であるかのように思われます。

「老年が、永遠の若さをではなく、反対に、或る至高の自由、或る純粋な必然性を与えてくれるようないくつかのケースがある」「カントの『判断力批判』は、老年の作品であり、しかも彼の後継者達が追い続けてやまぬ解き放たれ猛り狂った作品なのである」(ドゥルーズ・ガタリ「哲学とは何か」)

カントを木庭教授に、「判断力批判」を「現代日本法へのカタバシス」に置き換えてみたい誘惑にかられるのですが、やっぱり「依然混乱している」などと一喝されてしまうことになるのでしょうか。

では。

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かたちなきもの-川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」

【今日の言葉】

いい匂い。いい見栄っ張り。いい瓶、いい体。それからいいハンドバッグに、何もかものいい形。いい発色。いい目玉。いい毛髪にいい野心。化粧品売り場で検分したり、鏡をのぞき込んでる女たちはみな自分たちのなかにあるささやかな、それとも実はもう押さえきれないくらいの量になりつつある「いい」ものを手入れしに、あるいは倍にしにここへやってきて、取り出しては見せあって、その口角はどれも同じように斜めうえにひっぱられて、よく見るとそれは笑顔と呼ばれるものだった。女たちはみな、笑ったりしているのだ。
(川上未映子「あなたたちの恋愛は瀕死」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日の読書は、川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」です。

以前、このブログで、『ヘヴン』を、「かぞえること、計算させること、名指さぬこと」のものがたりとして読んでみましたが、今日は、そこからの偏差を確認しながら、「すべて真夜中の恋人たち」を読んでみたいと思います。

受け身な語り手

雑誌「群像」11月号に、川上未映子のインタビューが掲載されています。聞き手は武田将明氏。そのなかで、武田氏は、「『ヘヴン』と『すべて真夜中の恋人たち』には、連続して読めるところがある」、と語り、「受け身」で「いじめ」をうける二つの作品の主人公二人の類似性を指摘します。

わたしも、「『ヘヴン』と『すべて真夜中の恋人たち』には、連続して読めるところがある」という意見に賛成なのですが、でも、この二つの作品の共通点が「受け身」とは思われません。まず、語り手が、「数をかぞえる」という身振りを提示しているところに、この二つの作品の連続性が求められるのではないかと思います。

そもそも、「かぞえること」は能動的な振る舞いで、「受け身」でできるものではありません。たとえば、最近、「説明責任」という訳語が定着してきた「アカウンタビリティaccountability」という言葉には、「かぞえることcount」が含まれていることに注目してみましょう。決して「かぞえること」が受け身ではないことが、おわかりいただけるのではないでしょうか。語り手は能動的なのです。

■かぞえること

「ヘヴン」の冒頭は、「四月」という季節をかぞえる言葉からものがたりが始まりました。同じく、「すべて真夜中の恋人たち」では「真夜中」という時をかぞえる言葉ではじまります。そして語り手が、「半分」と世界をかぞえたと思ったとたんに、「三束さん」という数をまとった登場人物の名前が登場します。これは、「ヘヴン」において「百瀬」という重要な登場人物が、「語り手から数をかぞえてもらうことが当然だ」といわんばかりに、数をまとっていたことを連想させます。

そして、決定的なことには、「光をかぞえる。」という一文が登場します。ふつう光はかぞえません。でも、この語り手は、やはり光をかぞえるのです。そして音楽までをも、「すべて」と、かぞえていきます。それから、ふたたび、真夜中の光を「残された半分」とかぞえていきます。この語り手は、かぞえることを、やめないのです。

「ヘヴン」の冒頭が「四月」であったことから、その後も、「僕」は季節をかぞえ続けました。「すべて真夜中の恋人たち」の「わたし」も、さりげなく、その身振りを反復していきます。第「2」章にはいったところで「いまはまだ四月」というフレーズが、そっと、文章の冒頭ではなく地の文に紛れ込んでいるのです。そして次の第「3」章では、「はっきりしない天気ばかりがつづいた五月」と続き、その後「六月の真ん中あたりに梅雨に入り」「さらに一週間が経った、七月最後の日曜日」「八月にはほとんど雨が降らなかった」と続いていきます。「わたし」は律儀にも「僕」に倣って季節をかぞえ続けるのです。

「わたし」の「かぞえる」能動的な行為は、まだ続きます。第「3」章では、カルチャーセンターの「全講座ご案内」を「二時間」かけて「正確な数はわからなかったけれど、たぶん千に近い数はあった」とかぞえているのです。

このように二つの小説は、「かぞえること」のものがたりであるという連続性があるのです。

■計算させること

さらに連続性は続きます。

「ヘヴン」の語り手である「僕」は、小説における「現在年」と僕の「年齢」を、読み手に計算させる形で提示していました。その後、いじわるにも、カレンダーを見ながらその読み手の計算が正しいことをつたえていました。

「すべて真夜中の恋人たち」でも同じように読み手に計算をさせる場面が出てきます。

第「2」章の冒頭では「いまから九年前の冬--二十五歳の誕生日」というフレーズが登場します。ここでも、語り手である「わたし」は「僕」に倣い、読み手に対して、「わたし」が「いま」、三十四歳であることを計算させます。そして、第「2」章も終わりかけたところで、素っ気無く「正解発表」がされるのです。「名前は入江冬子で、仕事はフリーランスの校閲をしていて、三十四歳。十二月、この冬が来たら三十五歳になる。」

名指さぬこと

ここにきて「ヘヴン」と「すべて真夜中の恋人たち」との決定的な違いが明らかになります。「ヘヴン」の「僕」は名前がないわけではないにもかかわらず、一人称と二人称で指示されるばかりで、最後まで名指されることはありませんでした。これに対して、「すべて真夜中の恋人たち」の「わたし」は「入江冬子」という名前が、あっけなく名指されているのです。

この姿勢は、徹底されています。

「ヘヴン」では、僕とコジマの二人の関係は、友情とも愛情とも支配関係とも名指されていませんでした。これに対して、「すべて真夜中の恋人たち」では語り手と異性との関係が、これまたあっけなく、「愛」である、と名指されています。しかも、おもしろいなあ、と思うのは、かつて蓮實重彦が夏目漱石「それから」を読解した文章の中で指摘したとおり、愛の告白が、「 I love you 」、というフォーミュラには、やはりここでもおさまっていないことです。つまり、近代以降の日本文学の特徴として蓮實重彦が挙げた、一人称から二人称への愛の伝達の不成立がここでもみられるのです。きわめてストレートな「愛」という言葉を用いつつも、しかも一人称を用いつつも、残念ながら、愛の対象は「二人称」ではなく「三人称」に向かっているのです。蓮實重彦の結論である、二人称へ向かわない愛は、試練としての色彩を帯びることになるという不吉な予言は、ここでも当たってしまったことになります。

しかも、ものがたりの次元を超えたところで、当初発表された「群像」文芸誌版でははっきりとは描かれていなかった三束さんの「嘘」が、新たに出された単行本版ではその内容が名指されているようです。このことは、ものがたりの次元とは異なりますが、名指すことに語り手は徹している姿勢を示そうとしている、ということではないでしょうか。(ちなみに、わたしも、「嘘」の内容は、作者である川上未映子が「そうは読めないように」書いた内容を想像していました。この訂正はおそらく正しいと思います。)

■かたちなきもの

では、名指さぬことにより「美しさ」にたどりついた「ヘヴン」とは異なり、徹底して「名指すこと」を試みる「すべて真夜中の恋人たち」は何を描いているのでしょうか。

あらためて冒頭の文章を読み返してみましょう。そこには、「真夜中」「光」「音楽」といういわば「かたちなきもの」が描かれています。「すべて」とかぞえられる「真夜中」というかたちなきもののなかに浮かび上がるものは「愛」です。

それは、言葉にしたからといって、「名指すこと」によっても、かたちが明確になるわけではない「複雑」なもの、「色々ある」もの。「何でもない場所に、目的のない、何のためでもない」ものとして存在する「愛」。「それが何なのか見当もつかない何のための何の言葉なのかさっぱりわからない」「愛」。この「かたちなきもの」を描くことに川上未映子は成功しているといえるでしょう。

やはり、言葉に対する鋭い感性に、敬服すべき作家であるという結論は変わらないようです。

では。

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