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大人のための残酷童話―綿矢りさ「亜美ちゃんは美人」

【今日の言葉】

でも、白雪姫の人生はそれほど不幸だったとも言えません。
(倉橋由美子「大人のための残酷童話」から『白雪姫』)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日の読書は、綿矢りさの最新作「亜美ちゃんは美人」です。
ネタばれまくりですので、未読の方はご注意ください。

■「ちゃん」

以前「勝手にふるえてろ」を読んだときにも、綿矢りさは「名前」にこだわる作家だということはお伝えしておきましたが、今回はすごいです。いきなり固有名詞から始まります。題名もそうなのですが、何よりも異様なのは固有名詞が「ちゃん」づけなことです。

仮に、この小説が一人称小説であれば、ヒロインの「わたし」から見た他の登場人物が、擬似二人称としての「ちゃん」づけというのはわかります。でもこの小説は明らかに一人称小説ではない。では三人称かと言うと、三人称小説であれば、語り手である「作者」は登場人物を「ちゃん」づけでは普通呼ばない。

これは「固有名詞」である三人称に「ちゃん」をつけることで「2.5」人称の小説、いや、言い切ってしまえば「二人称小説」という、通常ではありえない小説形態をもったアクロバティックな芸をすらりとやってしまっている小説なのです。

■「グリム」

ヒロイン二人の固有名詞が「ちゃん」づけで出てきた次には、立て続けに「グリム」という固有名詞が出てきます。グリム童話のグリム兄弟です。この唐突感は何でしょうか。ふたつ、グリムに関する文書を引用します。

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・・・だが、グリムの浩瀚な書『ドイツ法古事誌』以上に私に役に立ったものはない。たいそう難解な本で、あんなにも多様なドイツ民族が、人間生活の重大な行為(誕生、結婚、死、遺書、売買契約、臣従礼、等)の折に使った様々の象徴や様式が、あらゆる方言や、あらゆる時代のドイツ語で述べられているのである。私は、信じがたいほどの情熱をもってこの本を理解し翻訳しようと企てたことがある・・・(ジュール・ミシュレ「フランス史」序文)

・・・1803年 ヤーコプ・グリムはウンタープリマ(9年制ギムナジウムの第8学年)を終え、4月30日にヘッセン州マールブルク大学に願書を出す。マールブルク大学でヤーコプにとって最も重要な教師となったのは、当時弱冠24歳の法学者、カール・フォン・サヴィニーであった。この人物はのちにドイツにおける歴史法学の創設者となる。・・・
(ベルンハルト・ラウアー「グリム兄弟 知られざる人と作品」)
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一般的にはグリム童話を集めた奇特な方という印象しかなさそうなグリム兄弟ですが、実は近代法学へ圧倒的な影響力を放ったドイツ歴史法学(法実証主義)の創始者、サヴィニーの一番弟子の法学者だったのです。師匠のサヴィニーがローマ法大全の森へ分け入った(ロマニスト)のと対照的に、弟子のグリム兄弟はゲルマン法の素材である古事・伝承の森へ分け入っていきました(ゲルマニスト)。そこには「法と文学」という興味深い題材も秘められているのですが、その話はまた別の機会に。

■「明白な事実」

第二段落で次に現れるのは「明白な事実。」という一文です。
こちらとしてもやや唐突に応戦するため民事訴訟法をのぞいてみましょう。

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  (証明することを要しない事実)
第179条 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
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綿矢りさは、どうやら「裁判」でもおっぱじめるようです。グリムはその呼び水であったようです。では誰と誰が裁判を始めるというのでしょうか。

それは、すでに「ちゃん」づけの固有名詞で出てきたヒロイン二人が「当事者」であると、皆さんもお気づきなはずです。異様な「二人称小説」の理由は、裁判の基本原則である「当事者主義」「弾劾主義」として、一方当事者が他方当事者に対して攻撃防御を行う「呼び名」を表していたのです。

■刑事訴訟

更には「対抗」という法律用語も出てきますが、これだけでは、これから始まる裁判が「民事」か「刑事」か判別できません。「悪気がない」(故意がない)でも未だ不法行為か刑事事件かわかりません。

「亜美、たぶん私、あなたのことがきらいだよ」

でようやく、これが「亜美ちゃん」(被告人)を断罪する「さかきちゃん」(検察官)の刑事裁判だということが判明するのです。その証拠に「1」章の終わりになって「ちゃん」づけではなく「斉藤亜美」というフルネームが登場し、ここで刑事裁判の「冒頭手続き」である被告人に対する「人定質問」が終わったことが明らかになるのです。「2」章以下は、淡々と検察官による「公訴事実」が述べられていきます。

■判決は?

これに全く呼応するかのように、最終「11」章では検察官による「論告求刑」が行われ、最後に検察官のフルネーム「坂木蘭」がまさに読み上げられます。求刑はなんと「自由におおらかに、亜美の人生を生きてください」という最高の「自由」刑です。(蛇足かもしれませんが日本の刑法では「自由刑」とは自由を剥奪する刑罰で懲役、禁錮、拘留の3種類です。)確か「勝手にふるえてろ」でも「自由」が一つのキーワードでしたから、綿矢りさは「自由」にこだわりがあるのかもしれません。

最後のカメラのフラッシュは、おそらく、判決を伝える横断幕を写そうとする報道カメラのフラッシュでしょう。とすると、判決がいままさに出ようとしているその瞬間に物語が閉じていることになります。判決自体は物語には書かれていません。

被告人の罪責は、あたかも裁判官であるかのように、読者に委ねられているということでしょうか。終わりから始まる物語。まるで刑法演習のような小説です。

「あなたは亜美ちゃんが有罪だと思いますか、無罪だと思いますか」。

読後感に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観終わったときのようなザラっとした感触が残りました。

では。

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コメント

いきなり失礼します!
亜美ちゃんは美人を読んで他の方の感想を知りたいと思い検索したら一番に出てきたのです。
記事を読ませていただいてビックリしました。
この小説が裁判だったとは!
確かにそう解釈すると府に落ちますね。
大学は法学部だったんですが、まるで気づきませんでした。

投稿: サマズカ | 2011年6月13日 (月) 01時30分

サマズカさん、コメントありがとうございます。

自分でも読解しながら、ドンドンこの解釈にはまっていったので、驚いていたところです。
テクストは作者の手をいったん離れると、読み手が自由に読んでいいはずですので、まあ、こんな読み方もあるんだ、くらいに受け止めていただけるといいなと思っております。

ちなみに、倉橋由美子「大人のための残酷童話」の『白雪姫』のラインで読解してみるのも面白いかと思い冒頭に引用をしてみました。この小説の「後日談」として読んでみると面白いかもしれません。宜しかったら、おためししてみてください。

投稿: とも | 2011年6月14日 (火) 01時26分

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