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2011年5月

愉快な奇書―小宮正安「モーツァルトを『造った』男」

【今日の言葉】

不審そうな目でじろりと見られた。
(小宮正安「モーツァルトを『造った』男―ケッヘルと同時代のウィーン」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。

今日の読書は、小宮正安「モーツァルトを『造った』男―ケッヘルと同時代のウィーン」。
モーツァルトの作品名の後ろに添えられているケッヘル番号の「ケッヘル」とは何者かを探った一冊です。

著者は横浜国立大学准教授。すでに「オペラ楽園紀行」「ヨハン・シュトラウス―ワルツ王と落日のウィーン」「ハプスブルク家の宮殿」などの著作があり、音楽好きであれば要チェックです。

昨日、本屋の一フロアを丹念に見渡し3冊ほど本狩りを終えて、そろそろ帰ろうかと家人に声をかけたところ、小宮准教授の新刊が出ている、との指摘に驚き引き返し、何度か通り過ぎた棚をよく見ると!ありました。

題名の「ケッヘル」と「華やかな題材」を得意とする小宮准教授の名前がぜんぜん結びつかず、すでに題名はチェックしていたものの素通りしてしまっていたのです。でも、よりによって何で「ケッヘル」なのでしょう。

■小宮正安「モーツァルトを『造った』男―ケッヘルと同時代のウィーン」

あとがきを読むと、ケッヘルに関する執筆のオファーは小宮准教授も「意外」で「モーツァルト専門家を称したわけでもないのに」と不思議だったと書かれています。私の素通りも許していただけるでしょうか。

とはいえ、これは謙遜に過ぎません。
中味を見ると、いやいや、どうして。こりゃ小宮准教授にしか書けませんぜ、という内容です。

モーツァルトに対するケッヘルの位置を「凡庸」と規定する内容は、映画「アマデウス」へのリファーは一応あるものの、近代小説の祖フローベルに寄り添う編集者マクシム・デュ・カンを描いた蓮實重彦「凡庸な芸術家の肖像―マクシム・デュ・カン論」が念頭に置かれているのは、ほぼ間違いないでしょう。

「ビーダーマイアー」「ディレッタント」などのタームで19世紀前半のウィーン文化と歴史、音楽の相互の影響干渉関係をさらっと描いてしまうには、ドイツ文化への深い素養、音楽への限りない情熱、いや、愛がないとまず無理です。それに加えて東大大学院を満期単位取得している小宮准教授が表象文化論的な「何にでも食いついてしまう志向」をスパイスとしてふりかけないと、出来上がろうはずがありません。

そういう意味で、著者とテーマがこれほどまでに幸福な出会いをしてしまっている本というものを久しぶりに拝見しました。

ぱっと見、著者名と題名だけでは「不審そうな目でじろり」と見て素通りしてしまいかねませんが、
皆様も是非、「愉快な奇書」(271頁あとがき)をどうぞ。幸福な読書体験がえられるはずです。

では。

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なぜあなたがここに―石川雅之「もやしもん」、小林有吾「水の森」

【今日の言葉】

「聖ジャンヌ なぜ あなたが ここにっ」
「ニューオーリンズ 仏語で ヌーベル・オルレアン
 ジャズの発祥地として有名なこの地は かつて
 フランスが統治していたんだヨ」
(石川雅之「もやしもん10」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日はマンガ特集。まずは「もやしもん」から。

■石川雅之「もやしもん」10

ご存知「もやしもん」最新刊です。ノイタミナ枠で実写版をやった影響か、そのむかし上野の科学博物館の菌類展示でコラボしてたときは大混雑で、オリゼーかわいい~とかいいながら携帯でパシャパシャ撮影してる女子が目に付きました。

自己紹介によると「もやしもんは農大を舞台とした菌と人と菌 菌と菌の群像劇」(7ページ)だそうですが、10巻もブッ飛ばしてます。またまた無意味にアメリカなんぞに行き、豊富な薀蓄を背景にアメリカの食文化を語りつつ、菌キャラと女子キャラのかわいさで男女ファンの心を鷲掴みです。もう、ただ単純に面白いです。

冒頭に引用したのはフランスのゴスロリ娘マリーがジャンヌ・ダルクの像を見上げながら農大の樹教授の薀蓄を聞いている場面。ニューオーリンズNew Orleansがヌーベル・オルレアンNouvelle-Orléansに由来していたとはビックリです。

石川雅之には「純潔のマリア」というマンガもありその副題はSorcière de gré, pucelle de force (意思の魔女、力の乙女、とでも訳せばいいのかなあ)です。「オルレアンの乙女」la Pucelle d'Orléansと呼ばれたジャンヌ・ダルクに題を取っていることは明らかで、ジャンヌ・ダルクの像を見つけたマリーの驚きは、そのまま現地取材をしたときの作者石川雅之の驚きでもあったようです。

■小林有吾「水の森」1~3

そのジャンヌ・ダルクが「もし現代日本に生まれ変わったら」を描いたのが、小林有吾「水の森」です。既に3巻で完結しています。ちょっと、復習のためにジャンヌ・ダルクの生涯を、教科書の記述からひろってみましょうか。

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「救国の乙女」また「オルレアンの少女」とたたえられるジャンヌ・ダルクは1412年フランスの東部の小村ドンレミに農民の娘として生まれた。当時フランスは百年戦争でイギリス軍に圧倒され国内は2派に分かれて内戦が起こり、皇太子シャルルは父王シャルル6世が死んでも即位式も上げられない状態であった。さらに1428~1429年には唯一つ外敵に抵抗するオルレアン市民がイギリス軍に包囲されて亡国の危機に瀕していた。
 ジャンヌは信仰心の強い少女で13歳のころから「フランスを救え」という神のお告げを聞いたと信じシャルルと会見して軍隊を与えられ、敵軍を破ってオルレアンの囲みを解いた。そして皇太子とともにランスに行きシャルル7世として戴冠式を挙げさせた。その後もイギリス軍や反対派を相手に奮闘したがコンピエーニュで反対派に捕らえられイギリス軍に売り渡された。イギリス軍は彼女の言動を神の名によって人を惑わせたものとして魔女裁判にかけ、1431年についに魔女の判決を下してルーアンで火刑に処した。
(世界の歴史編集委員会「もう一度読む 山川世界史」)
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もう一度いまさら読む山川教科書の記述に頼らなくても、魔女狩りのばかばかしさや異端審問所裁判のいかがわしさは、ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」を原作にした映画を観るとイメージがつかめますが、そこには火刑のシーンも出てきます。小林有吾「水の森」では、ジャンヌは自ら絶望し火刑をうける決心をしたと解釈しているようですが、その瞬間、手乗りインコのような鳥が飛んできて600年後の日本にジャンヌを飛ばしたという設定になっています。ふつう西洋絵画では、もうちょっとかっこいい鳩が神の伝言者のイメージなのですが、このインコは結構いい味だしてます。もうすこし、教科書から引用を続けます。

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 ジャンヌはまもなく魔女取消しの裁判によって復権するが、奇妙なことにはそれから約350年間は歴史の上でほとんど忘れられてしまう。そして彼女が再び歴史の舞台に押し出されたのは、国民主義の燃え上がったフランス革命の直後、19世紀初めであり、押し出したのはナポレオンであった。彼は当時イギリスを始めヨーロッパ各国と戦っているフランスをジャンヌが活躍した時代の危機にたとえ、国民意識の高揚を促すとともに皇帝になろうとする自分を正当化した。以来、彼女は「愛国の乙女」としてフランス人の敬愛を一身に集めることになったのである。
(世界の歴史編集委員会「もう一度読む 山川世界史」)
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ここまで読んできて、勘のいい方であれば、なぜジャンヌは永らく歴史から忘れられていたのに「復権した」とわかるのか、そもそも自伝の一つも残さなかった中世の一農民の娘の出生が1412年フランスの東部の小村ドンレミとなぜ特定できるのか、それをナポレオンはどうやって利用できたのか、という疑問をお持ちになったかもしれません。

種明かしは実は簡単で宗教裁判の記録が現在も残っているからです。さまざまな証人の証言等からそれらが証明されたことがわかっています(岩波新書の高山一彦「ジャンヌ・ダルク―歴史を生き続ける『聖女』 」に詳しいです)。おそるべきは、いかに宗教裁判がいかがわしいからといっても、それを恥として捨てないというアーカイブの概念が中世時代からあったということでしょう。そういえば日本でも戦前の重要な事件の裁判記録は未だ検察庁の倉庫に眠っているそうですし、戦前の発禁図書を集めたコーナーが国立国会図書館の地下倉庫深くにあるそうです。いつか一般にもアクセスしやすい形で公開されるのでしょうか。

話は小林有吾「水の森」にもどると、突然現代日本に飛ばされたジャンヌは自分の力をもてあましたまま困惑した日々をすごしていきます。最終巻の3巻では「ある決断」をジャンヌはすることになるのですが、それは読んでのお楽しみです。

なぜあなたは、ここにいるのか。

その問いに答えようとする現代のある側面をうまく切り取った作品だと僕は感心しました。

では。

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