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2010年7月

あとには、ただきみの名前が残るだけ - 綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

【今日の言葉】

あとには、ただきみの名前が残るだけ。

(ヘンリー・ミラー「北回帰線」)

【読書日記】

ともです。

今日の読書は、綿矢りさの新作小説「勝手にふるえてろ」です。

     タイトル、とか

タイトルについていえば、ジャン・リュック・ゴダール「勝手にしやがれ」À bout de souffle、桑田佳祐「勝手にシンドバット」とくればそれぞれの代表作で、綿矢りさ「勝手にふるえてろ」も代表作の意気込みで作ったのだろうかとか、痛い腐女子の恋愛物語が芥川賞受賞作「蹴りたい背中」の後日談的だとか、そういえば三人称をやめてまた一人称小説に回帰したんだとか、あいかわらずエキセントリックな言い回しや造語が冴えてるとか、作中の「天然王子」は島田雅彦「徒然王子」のもじりだろうかとか、赤い付箋のエピソードは蓮實重彦「赤の誘惑」を意識したものだろうかとか、それこそテキストにないことをあれやこれやと「勝手に」言うのは可能なのでしょうが、そこをあえて封印して、テキストに寄り添って読んでみましょうか。「寄り添う」は「ネタバレ」とほぼ同義語です。

     届きますか、届きません

「届きますか、届きません。」と人称不定の書き出しで始まるこのテキストは、ほどなく「私」という言葉の介入で一人称の小説であることが判明します。(私は)届きますか、(私は)届きません。この語り手は自問自答しているかのようですが、実際にこの言葉たちが行っていることは「選択と排除」です。届くものは「手に入れたものたち」であり、届かないものは「手に入らないもの」。届くもの、すなわち、手に入れたものたちは「たくさんの屍になって」「ライトさえ当たらず」「私に踏まれて」「かかとの形にへこんでいる」と私の選択により排除されたものたちです。逆に、届かないもの、すなわち手に入らないものは「光かがやく」「遠くのお星さま」で、私の「欲しがる」もの、排除されえない選択であるのです。

     足りますか、足りません

選択はまだまだ続いていきます。足りますか、足りません。ボタンを押しますか、押しません。似合いますか、似合いません。買える値段ですか、買えません。場所がありますか、場所がありません。ペット的存在ですか、ペットじゃありません。ちょっかいを出しますか、話しかけません。私語は慎みますか、私語を慎みません。

このようにして、語り手である「私」の遊戯の規則の第一は「二者択一」であることが読者に示されていくのです。冒頭の「届きますか...」のパッセージは、その遊戯の規則を如実に表したものだったのです。

     イチとニ

語り手である「私」の「二者択一」は、「二人」の「彼氏」、イチ彼とニ彼の「二者択一」へと繋がっていきます。ただし、冒頭から「私はイチがよかった。ニなんていらない。イチが欲しかった。」と既に二者択一の選択には決着がついています。私はイチを選択しているのです。では、どうやってイチは選択されたのでしょうか。

     二者択一ではない選択

実は、過去のある時点、正確には「私」は「中学二年生の教室」で既にイチを選択していました。しかも、二者択一ではない選択で。引用してみましょう。

「中学二年生の教室ではたくさんのクラスメイトがいるなかで、イチを見つけた途端、すらりと好きになり、心のなかで即決で彼を買った。」

私はたくさんのクラスメイトのなかから、イチを選択していたのです。これは、語り手の第一の遊戯の規則に違反しています。遊戯の規則からの「逸脱」は意識されたもので、「だれを好きになるかは自由だ」と語り手は宣言します。ここに「二者択一」からの逸脱は「自由」であるという第二の遊戯の規則が生まれるのです。

     もうひとつの自由

とはいえ、成人した私はイチ彼とニ彼を再び第一の規則の下に置きます。

イチ彼とニ彼との選択にはすでに決着がついているにもかかわらず、語り手は結論を先延ばしにします。「どうせこんな状況は長く続かない」との予言どおりことは進行するのですが、その結論は「二者択一」ではありません。

「愛してもいない人を愛する」ことによってその選択はなされます。「二者択一」であれば、愛しているか、愛していないか、のいずれかとなります。ここでは「愛していない」対象を「愛する」対象とするという、第一の規則「二者択一」からの「逸脱」が語られているのです。先程見たとおり、それは第二の規則である「自由」なのです。

不思議なことに、そのとき、「ニ」と呼ばれ続けてきた彼の固有名詞が露呈します。

あとには、ただきみの名前が残るだけ。

「キャラ」ではなく「きみの名前」を呼ぶこと。それも「自由」のひとつなのかもしれません。

では。

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