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2010年6月

あたかも夜の女のように - 萩尾望都「フレア・スター・ペティコート」「スター・レッド」

【今日の言葉】

TV用では、シャアのシャワーシーンは何回くらい出てくるだろうか。我が家ではアシさん含め全員が、そのシャワーシーンに手をたたいて喜んだ。十九歳の初々しいアシスタントまゆみちゃんはさけんだ。

「わーい、みんな早くシャアとオフロに入ろうよォ、早く、早く、早く脱いで入ろうよォ、わーい!」

(萩尾望都「思い出を切抜くとき」)

【読書日記】

ともです。

今日のテーマは萩尾望都です。僕に女のきょうだいがいたせいか、少女マンガを読むことにそれほど抵抗感はないのですが、今まで、決して萩尾望都の良い読み手ではありませんでした。現在、河出書房新社より「総特集 萩尾望都」が発売されています。それを読んで考えた(というより、考えさせられた)あれやこれやなどです。

     萩尾望都「フレア・スター・ペティコート」

最初に採り上げるのは「総特集 萩尾望都」に掲載されているSF短編「フレア・スター・ペティコート」です。裏表紙にも使われているので、この本の目玉のひとつと思われます。

これを最初に読んだとき、軽い衝撃を受けました。

以下の文章はその理由を言語化してみようとする試みにすぎません。完全にネタばれですのでご注意ください。

まず表紙。きれいな少女がフレンチカンカンを踊るかのようにフレアスカート(flare skirt)をたくしあげています。その媚態と相反し少女は醒めた瞳で口元を固く結び無表情です。が、何よりも異様なのはペティコートが満天の星になっていること。はじめから「見てはいけないもの」を見てしまった気持ちに読むものをさせます。

物語の舞台はある辺境惑星の酒場。台詞からわかるのは、その酒場は「古商売館」と呼ばれ、娘たちの夜の思い出を男たちに買ってもらうための場所だということです。ちょっと話は脱線しますが、鹿島茂「パリ、娼婦の館」によると戦前のマキシムズは単に高級レストランというだけでなく夜の女が待機する場所でもあったとのこと。バロン薩摩という戦前の超ボンボンが東京のマキシムズ開店に際して寄せた言葉が秀逸で、「冗談じゃない。マキシムは女で有名ですよ。マキシムに女がいなかったらマキシムじゃないですよ。女がいなかったら誰が行くかってんだ」、だそうです。

ちなみに蓮實重彦も最近の対談(「真夜中」No.9)のなかで「アバター」のような3D技術は2世紀ほど進歩していないという文脈で次のように述べています。「フランスでは第二帝政期に皇帝ナポレオン三世までその(3Dステレオスコープの)被写体になっているほどです。性的にも大いに乱脈だったこの時代に人々が眼鏡をかけて何を見たかといえば、大半が女性の裸で、きわめて猥雑性の高いものまでフランスの国立図書館に残されています」とのこと。

で、萩尾望都のSF短編に話を戻すと、ヒロインの少女を買った男性はそういう場所であるにもかかわらず彼女を抱きません。「娘といる気分にしても......悪かないさ」とか言いながらシャボン玉を吹いたりしています。彼女はそんな男性に「買ってくれたおかえし」として「いい夢を見せてあげる」といいながらスカートをたくしあげると、そこには銀河星雲が渦巻いているのです。男性はそこにみえる映像を見ながら言います。「ああ...!こいつは...すごい......!すごいフレアだった!」

そうです。フレアスカート(flare skirt)をめくるとそこには太陽フレア(solar flare)があるという、なんとも混沌とした掛詞になっているのです。太陽フレアが女性性そのものの隠喩になっているところがまたすごいところです。「元始、女性は太陽だった」というのを視覚表現にすると、こんなとんでもないものになるのでしょうか。

僕にはこの短編が萩尾望都の少女漫画家宣言のように思われます。

漫画家としてまるで娼婦のように読者に「いい夢を見せてあげる」こと。女性はおなかで考えるという俗言もあるのですが、なんとも肝の据わった宣言ではないでしょうか。そんな血筋をひいたとおもわれる白石弓子「WOMBS」という連載中のSFマンガもあるのですが、話をしだすと長くなりそうなので、またの機会に。

では、本題に戻って萩尾望都「スター・レッド」を読んでみましょうか。

     萩尾望都「スター・レッド」

11回星雲賞コミック部門を受賞した「スター・レッド」もまた萩尾望都のSFです。

火星で生まれたレッド・セイは戦火から逃れ地球のニュー・トーキョー・シティで養父に育てられますが、いつも故郷である火星に思いを募らせているという設定です。そこから、怒涛の物語が始まるのですが、かなりの長編なので僕の文才では要約は困難です。

ここで指摘したいのは、萩尾望都は1949年福岡県大牟田市に生まれたこと。

SFという形に仮託して萩尾望都は自らの故郷である大牟田の歴史を描いているのではないか、と思われるのです。大牟田市が日本の戦後史に華々しく登場するある事件から見てみましょうか。

     三井三池争議

ウィキペディアから引用します。

前史

三井三池炭鉱は、福岡県大牟田市から熊本県荒尾市にかけて広がっていた三井鉱山系の炭鉱で、太平洋戦争敗戦によるGHQ の民主化政策により、1946年(昭和21年)に労働組合が結成された。もともと三池炭鉱労組は労使協調派の力が強く、労働争議などには消極的な組合であった。しかし、1947年(昭和22年)頃から、大牟田市出身で三池炭鉱ともゆかりの深い九州大学教授の向坂逸郎が頻繁にこの地を訪れるようになり、向坂教室と呼ばれる労働者向けの学校を開いて『資本論』などを講義するようになってから、労組の性格は一変する。向坂は三池炭鉱を来るべき社会主義革命の拠点と考えており、『資本論』の教育を通じて戦闘的な活動家の育成を図っていたからである。

1959~60年ストライキ

1953年のストライキ以降、経営合理化が進まない三井鉱山の経営はますます悪化していった。このため、三井鉱山は三池炭鉱からの活動家の一掃を決意し、1959年(昭和34年)1月19日、6000人の希望退職を含む会社再建案を提示した。同年8月29日には4580人の人員削減案を発表。続いて12月2日・3日には1492人に退職を勧告し、これに応じない1278人を指名解雇とした。労組側はこの措置に反発し、無期限ストに突入した。一方、会社側も経営再建の決意は固く、三池鉱山のロックアウトと組合員の坑内立ち入り禁止でこれに対抗した。財界が三井鉱山を全面的に支援した一方、日本労働組合総評議会(総評)は三池労組を全面的に支援したため、三井三池労組は「総資本対総労働の対決」などと呼ばれた。

     赤い星、火星

「スター・レッド」の未来の東京ニュー・トーキョー・シティは上区と下区に分かれています。そこで呼応するのが萩尾望都の次のインタビューです。

質問:炭鉱の町で育たれたことによって何か感じることはあったんでしょうか。

萩尾:そうですね。同じ社宅が続く奇妙さとか。その社宅も炭鉱がなくなってからは全部壊され、ほとんどがサラ地になりましたが。当時の小学校にはいろんな子達がやってくる。今で言うとブルーカラー、ホワイトカラーの子達が渾然一体となっている。仲良しの子供ができると親たちが『どこに住んでるの』 『あそこに住んでいる』『あそこは炭鉱の子だから遊びに行っちゃだめ』......そういうとこから始まる。子供時代はつらいです。

ホワイトカラーの家庭に育った萩尾望都はブルーカラーの家庭の子供と遊び友達にもなれない。そういう現実が不条理に写ったようです。「スター・レッド」には上区と下区の友好祭の場面が出てくるのですが、無意識に過去の「つらい」経験が反映されているかのように思われます。

そして「スター・レッド」において故郷の赤い星・火星は、あたかも「全部壊され、ほとんどがサラ地」であるような星として描かれています。帰るとしてもまったく変わってしまった故郷。今はない過去の幻影としての故郷。ここに描かれているのはそんな萩尾望都の複雑な望郷の念に思われて仕方がないのです。

他にも物語の構造上、現実の世界に投影した場合、こういうことかと思わされることも多いのですが、あとは皆様で読み解くお楽しみに。

ちなみに松本零士も「総特集 萩尾望都」に寄稿していますが「同郷」とのこと。

何故、銀河鉄道が石炭を積んだ汽車なのか、わかった気がします。

そう読むと、999の終着は東京なのでしょうか。

ということは、メーテルはエクステまつげの都会の女?だったのか!

では。

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