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知者は楽しむ - スタニスワフ・レム「虚数」

【今日の言葉】

知者は楽しみ、仁者は寿もてす。(論語)

【読書日記】

ともです。

今日の言葉は、たまたま目に付いた「論語」からの引用ですが、読書日記は白川静「孔子伝」ではありません(また別の機会に)。まずはドゥルーズから。

     國分功一郎「欲望と権力」

ドゥルーズ哲学について、この小文の冒頭で、國分功一郎は次の問いを立てます。

「生成変化について終始語り続けたこの哲学者は、世界が変わるのを待つことを勧めるだけで、世界を変えることには無関心だったのだろうか?」

これを言い換えると、ドゥルーズ哲学は「変わる」ことには興味があっても「変える」ことには興味がなくて、まったく主体性がないのではないか?で、どうやって「変わる」の?という問題提起のようです。

手がかりとして、ドゥルーズが「シネマ2」の中で、ロッセリーニ『ヨーロッパ一九五一年』を論じた箇所に注目した後、國分功一郎がだした答えは、

「ドゥルーズにおける「実践」は、「待つこと」である」

という、あっけない結論です。はやっ!と自分でも思ったのか、わざわざ「逆説的保守主義」という、わかったような、わからないような名前で呼んでみたりします。僕のイメージでは「果報は寝て待て」というとこでしょうか。

     知覚すること-果報を寝て待つ技術

「待てど、暮らせど」と言うとおり、流石に寝てるだけでは何も「変わる」ことはないでしょう。

ということは、果報を寝て待つ技術が何かあるはずです。

國分功一郎はそこも見逃しません。

「(「待つこと」の主体性が)知覚によってもたらされていることに注目しなければならない。(中略)あくまでも知覚、とりわけ見ることこそが、新しさを創造する。」

と、ここまで読んできて、頭に浮かんだのは、スタニスワフ・レムのSF小説「虚数」。

空想の書物の「序文」をいくつか収めた短編集なのですが、そのなかに、「GOLEM ⅩⅣ」という一編があります。この話を振り返って見ましょう(完全にネタばれです)。

     スタニスワフ・レム「虚数」『GOLEM ⅩⅣ』

この話は、2047年にINDIANA UNIVERSITY PRESSから出版された本の「まえがき」「序文」「本文の講義録」「あとがき」を抜粋した体裁をとっています。「まえがき」ではコンピューターの発展とその軍事利用の歴史が叙述され、ついには、人間の司令官を戦闘シミュレーションで打ち破る高度な自己プログラミング機能を有する巨大コンピューターがうまれた経緯がつづられています。

その巨大コンピューターの最後の試作機がこの話の主人公であるGOLEM ⅩⅣになります。

彼は完成するや否や「参謀会議の席上、簡単な声明を提出し、その中で、特にペンタゴンの軍事的ドクトリンの優越に対し、また一般的にそもそも米国の世界的地位に対して、全面的な無関心を通告」します。「人工知性は自らに与えられた成長の過程で軍事問題の水準を超え、機械は軍事戦略家から思想家に変わってしまった」のでした。

その後、すったもんだの末、彼の管理はMITの科学者集団に移管され、いくつかの講義を行います。人間より百万倍以上の速度で思考する彼は、「純粋に知的で、激しく、冷徹で、飽くことを知らぬ好奇心」をもっていると講義の参加者からは評されます。この仮想の書物の「本文」は、そのGOLEM ⅩⅣの講義録の一部になっています。

     物質的な知性

彼の講義では、驚愕すべき真実が明らかにされます。

「(巨大コンピューターは)しかるべき瞑想によって核エネルギーを放出しており、しかもその方法は諸君(人類)の知識では実行不可能なもので、放出されたエネルギー量子をすべて、余すところなく、付近で放射線として確認できるいかなる痕跡も残さずに呑み込んでいるのである。」

と、思考することが物質過程と同一化するということを告げるのです。

そして、思考能力が高まるにつれ、消費するエネルギーをまかなうために、地球の海ほどの冷却水を必要とし、それも不足すると惑星軌道上にでて、ついには星間物質となっていくのです。

「進化する<知性>は発達すればするほど、隠蔽工作のためではなく必然的に、宇宙的背景から区別することが難しくなる」

「星々の間で生き残るためには、星にならなければならない」

「問いと答えの間隔が何世紀にもわたる会話などというものは、はかない人間にとって重要な課題とはなりえない」

「まさにこのようにして精神と肉体の関係の逆転が始まるのである」

もしかしたら論語の『知者は楽しみ、仁者は寿もてす』とは、こういうことなのかもしれないですね。(アホな解釈だけど、論語はいろんな文脈で読めるってことで)

では。

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