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見えるものと見えざるもの―Visibilium omnium et invisibilium

【今日の言葉】

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
(吉野弘「生命は」)

【読書日記】

こんにちは。ともです。
最近気になったものから。

■アベラールとエロイーズ「愛の往復書簡」

普遍論争というものが西洋中世にありました。
そもそも答えがないことや、仮に答えがあってもどうでもよいことを延々論じあうこと
を神学論争と揶揄しますが、それです。「普遍」というものが実在するのか名前だけか
を主題にしたようです。「普遍」を「神」に置き換えて読むとなぜ議論が激しくなるの
かわかります。

アベラールは12世紀のフランスで普遍論争の論客(唯名論の創始者といわれている)。
弁証家として名声を手にしていたアベラールは聖職者であるにもかかわらず教え子のエ
ロイーズと禁断の愛に落ち、ふたりの仲は悲劇的に裂かれます。

と書くと美しいようですが、アベラールが誰かに出した手紙(第一書簡)を、身を寄せ
た修道院でたまたま読んだエロイーズは烈火の如く「なんであたしにも手紙くれないの
よ」という趣旨の手紙をだします(第二書簡)。それを丁寧に諭しつつ、つれなく返す
アベラール(第三書簡)に対し、今度は「そんなこといっても、私にはもうあなたの思
い出しかないの」とエロイーズが切々と訴える(第四書簡)やりとりが続くように、ド
ロドロです。

以下にちょっとながいですがエロイーズの第四書簡から引用します。

あなたと分かち合った愛の歓びは、私にとって、それは甘美なものでした(中略)厳か
なミサのさなかでも、私たちの淫らな交歓の幻影が哀れな私の魂を襲ってきますので、
お祈りのことよりも、いかがわしい妄想に夢中になってしまうのです。犯した罪を嘆き
わびなくてはならない私ですのに、むしろ失った歓びを想ってため息をついてしまうの
です。いいえ、私たちのしたことばかりではありません。事に及んだその場所や、その
時間までもが、あなたの面影とともに私の心にくっきりと刻み込まれていますから、心
の中で、あなたと一緒に、また同じことをやり直すのです。眠っているときも、その幻
から解き放たれることはありません。ときどき、胸中の想いが、うっかり体の動作とし
て出てしまったり、不意に口をついて出てしまったりすることもあります。ああ、ほん
とうに私は不幸です。

「うっかり」って...。と修道女がこんな手紙を書いていることに愕然とするわけで
すが、そこはフランス。エリック・ロメール「我が至上の愛 アストレとセラドン」を
見てもわかるとおり、キリスト教化される前のガリアと呼ばれた昔からフランス人はエ
ロかったということでしょうか。

■是枝裕和「空気人形」

息を吹き込む、とは比喩的表現として生命感を与えること(いき=生き)ですが、
それを是枝監督は即物的に映像化します。

ペ・ドゥナ演じる空気人形が裂けて空気が漏れる場面。
思いを寄せている男が、彼女のお腹の栓から息を吹き込む。
みるみるもとに戻る身体。
その悦びを、ペ・ドゥナはとても官能的に演じています。

「私は猫ストーカー」で好演していた星野真理もでているのですが
とにかくペ・ドゥナの存在感に圧倒される映画です。

■アンヌ・フォンテーヌ「ココ・アヴァン・シャネル」

シャネルが成功するまでの人生を、「アメリ」のオドレイ・トトゥが演じています。
誰に対しても物怖じせずはっきりと自分の意見を主張する彼女は、それを自分の人生で
実現するすべを知らずに悶々とした日々を過ごします。

それが恋に落ちることで一変し輝いていく。オドレイ・トトゥはその姿を鮮やかに表現
していきます。最後のシーンで成功の喝采の中、堂々と遠くを見つめて事故死した恋人
との想い出を回想する場面。この一点を描くことに映画は成功しています。

■西炯子「娚の一生」

哲学教授と負け犬女子の恋愛モノの漫画です。
負け犬女子の出口戦略としておじさんを提示したところがすでにファンタジーになって
いるのですが、最近はそういう需要が多いのでしょうか。

僕は「天才柳沢教授の生活」のような含蓄を期待して手にとってみたのですが、あんま
り哲学的なものは出てきません。哲学者と才気ある女子といえばアベラールとエロイー
ズの関係を想起させますが、既に女性が手に職を持って自立しているところが時代の変
化でしょうか。

哲学教授が女性に求婚する場面でこんな言葉を言い捨てます。

「ええか、ぼくは『結婚しよ』と言うてるだけや。
『幸せになろ』なんか言うてへん」
「......し、幸せにならない結婚ってなんなんですか!?」
「知るかえ。“幸福論”はぼくは専門外や」

京都学派の哲学者ならこんなこと言いそうですね。
では。

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