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レインボーブリッジの恋人―是枝裕和「空気人形」

【今日の言葉】

決して一つの意味に還元されることのない映画への驚きを他者と共有すること。
(蓮實重彦「映画論講義」)

【読書日記】

こんにちは。ともです。
前回ぺ・ドゥナの魅力に触れた是枝裕和「空気人形」について、今日は別の視点からお話してみたいと思います。

■ レオス・カラックス「ポンヌフの恋人」

観始めた瞬間、これは「ポンヌフの恋人」だと思いました。

冒頭の夜道を走る車、そこから「ゆりかもめ」の車内に視点を移し現れる登場人物。「空気人形」のこの場面は、コダーイのチェロソナタで印象的に始まる「ポンヌフの恋人」の冒頭と親近性を持っています。夜のパリの地下道を疾走する車、その車が主人公をはねる場面。この映画的な記憶をたどって、レインボーブリッジとポンヌフという日仏の首都を象徴する二つの橋が交錯しているのです。

ほかにも親近性が見られます。
橋を介した「水辺の恋人たち」という主題。
川を隔てた「向こう岸の建物」をおさめる構図。(サマリテーヌ百貨店と高層マンション)
記念日の花火(パリ祭)と空気人形の誕生日のロウソクの火、クラッカーのはじける音。
虚脱感に放浪する画学生(ジュリエット・ビノシュ)と中身が空っぽな空気人形(ぺ・ドゥナ)。考えてみれば「ゆりかもめ」の始発駅は、そもそも新橋=ポンヌフ!ではなかったでしょうか。

■ コンポジシオン。それこそ芸術の唯一の定義である

ペ・ドゥナ演じる空気人形が隅田川で舟に乗るシーンがあります。
ここで幾つかの橋をくぐりぬけ、まるでパリのセーヌ川の遊覧船に乗っているかのように東京が意外にも江戸時代から続く川の街であることを再認識させるシーンです。
また印象的な場面として空気人形がビルの屋上に立ち街を見渡す場面も出てきます。

ここで僕が思い出したのが、以前見た押井守の「NHK ようこそ先輩」という番組。ご存知のとおり自分の母校で有名人が授業をおこなうというコンセプトの番組です。

その番組の中で押井守は、小学生のクラスを船に乗せて隅田川をさかのぼらせ、また、高層ビルの最上階からの眺めを見させます。そしておもむろに「普段と違う視点から見る事の重要さ」を小学生に向かって講義し始め、課題として「普段と違う視点で見た東京の絵」を描かせ始めたのです。

つまり、まず仰角と俯角からの東京の構図を子供たちに提示し、その新鮮な驚きを体験させ、そして次に「自分だけの視点」で絵を子供たちに描かせたのです。ドゥルーズの「哲学とは何か」に「コンポジシオン(=合成、創作、構図)、それこそ芸術の唯一の定義である」という言葉があるのですが、押井守が突然ドゥルーズ主義者になってしまったかのように「芸術は構図だ」と言い出したことに僕は驚きました。

この「空気人形」でも押井守とまったく同じ視点が取られています。
仰角と俯角からの東京の構図を、人間とは違う人形の視点で新鮮にみせること。
このようにペ・ドゥナの圧倒的な存在感の裏で、是枝裕和監督は舞台装置の設定を丁寧に行っていたことがわかるのです。

■ 都市の構造とそこに生きる人々の精神

ここでもうひとつ思い浮かべる言葉があります。少し長くなりますが引用します。

ミレトスのヒッポダモスは都市の形態が深く国政の態様status rei publicae(政治システムの骨格)に関わることを洞察した。単に計画的な都市ならばそれまでにもあったのだ。多元的なmultiplex 公共空間に如何に自由かつ開放的な脈絡を与えるか、ということを意識する精神の成熟がヒッポダモスの思考の基礎であり、これが無ければデモクラシーは無かった。(木庭顕「現代日本法へのカタバシス」)

オスマンによる大規模な都市計画により整備され、いまもそのまま維持されている壮麗なパリの街を描いた「ポンヌフの恋人」と大規模な公共事業の時代が終わり、これからはその都市構造が大きな変化を経ずに維持されていくであろう東京を描いた「空気人形」。どちらも橋を介して描かれた都市の構造とそこに住む人々の精神の「いま」を切り取ろうとしている映画に違いありません。(カラックスはわざわざ大規模なパリのオープンセットを街を丸ごと再現してまで映画を撮影しているのです)

「空気人形」における「ポンヌフの恋人」の映画的引用から見えてくる是枝監督の構想はこのように雄大です。それに成功しているかは、映画「空気人形」を見終わった人の判断に委ねられているということではないでしょうか。

では。

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