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かぞえること、計算させること、名指さぬこと―川上未映子「ヘヴン」

【今日の言葉】

「わたしは、君の目がとてもすき」
(川上未映子「ヘヴン」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。
今日は川上未映子の新作小説「ヘヴン」について。

■数をかぞえること

「四月が終わりかけるある日、」

という季節をかぞえる言葉からこの小説は始ります。
この小説の語り手は、数をかぞえることから物語を始めるのです。

そして「三限目」「最初」とやはり語り手は数をかぞえていきます。

「クラスメイト」も「二ノ宮」「百瀬」という名前で、語り手に数をかぞえてもらうことが当然だといわんばかりに、名前に数をまとっています。

それでやはり「五月に入ってすぐに」と語り手は季節をかぞえていきます。その後、「六月」「七月」と数をかぞえていくだろうことは、おおよそ予想がつくはずです。

それでも、数をかぞえることなどで小説というものが成り立つのだろうか、といぶかしがる読み手に対して、決定的に、これは語り手が数をかぞえる物語なのだと確信させるのは次の言葉です。

「こんなとき僕はなにも考えずにただ数をかぞえることにしていた。百までいったらもういちど一にもどって、なにも考えずにただそれだけを繰りかえした。」

これは、なにも考えずに、語り手が数をかぞえる小説なのです。

■読み手に計算させること

「中学校生活が終わるまであと一年半」とコジマという同級生の女の子は書きます。

ここでは読み手に、かれらが中学二年生であることを計算させます。

続けて「一九九九年の七月の第二水曜日に、そのときわたしたちがどこでなにをしていても、会うことにしませんか?」「二十二歳の君はいったいどんな人になっているのでしょう」と続け、この物語の「現在」が、一九九一年であることを読み手に計算させます。

さらに読み手には、彼らが一九七七年生まれであることも計算させることになるでしょう。

のちに語り手は「十月も終わりに近づ」いた頃、「机のうえのカレンダーをぼんやり見」て「一九九一年十月と書かれてあった」と、以上の読み手の計算が正解であったことを素っ気なく告げます。

語り手は、数をかぞえながら、読み手に計算をさせ、小説を物語っていくのです。

■名指さぬこと

この語り手は「僕」という一人称で描かれています。

「僕」は二ノ宮たちクラスメイトには「おまえ」と呼ばれ、コジマには「君」と呼ばれ、義母には「あなた」と呼ばれます。奇妙なことにクラスメイトの「百瀬」にはコジマと同じく「君」と呼ばれ、同じく医者にも「君」と呼ばれます。

ところが、なぜか「僕」の名前は最後まで名指されないのです。

とはいえ夏目漱石の「猫」のように「僕」には「名前はまだない」わけではなく、病院では「名前が呼ばれて」いるのです。でもその名前は名指されない。

同じように、僕とコジマが行く美術館の画家も名指されない。

語り手が「不思議な絵」と呼ぶその画家のいろいろな絵は、「うちあげられる魚」というところで一瞬「ダリか」と読み手を幻惑するのですが、他の「この緑の人と馬の目は白い線でつながっている」という言葉から、ほぼシャガールの絵であることが特定されます。

この小説の題名でもあり、コジマが「ヘヴン」と呼ぶ「恋人たちは首をにゅーんとすきなだけ自由にのばすことができる」絵もほぼシャガールの「記念日」という名前をもつことが読み手には特定できるでしょう。

それでも、語り手もコジマもシャガールとも絵の名前も名指さない。

コジマはこう語ります。

「この人ってね、絵はこんなにすてきなのに、題名がどれも悲しくなるくらいつまらないんだよ」「だからね、わたしが名づけなおしたの」

では、「僕」もコジマに「名づけなおされた」のでしょうか。
ところが、あくまで語り手はコジマに、「君」と呼ばれるのみで、名指されません。

■世界の向こう側

なぜ「僕」は名指されないのでしょうか。
それはあくまで「僕」が、名指すことがなくとも同一性が特定される世界、すなわち狭い世界にいたからです。

「おまえ」「君」「あなた」といった二人称はそういった狭い世界の代名詞です。

「僕」が「世界の向こう側」に足を踏み入れたとたん、その先にはひとつの主体が名指されるべき世界が広がっています。

そこには奥行きも、美しさもあるのです。

そのことを、この物語の作者は数をかぞえること、読み手に計算させること、名指さないこと、を通じて、ひとつの美しい物語に紡いでいるのです。

この言葉に対する鋭い感性には、敬服すべき作者ではないでしょうか。

では。

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