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上野の森の「ふたつの阿修羅像」

【今日の言葉】

誰でも現実の初恋をする前に、物語の中に「初めてのひと」がいるじゃないですか。僕にとってはそれが、「百億の昼と千億の夜」の阿修羅王だった。

(押井守「光瀬龍を語る」)

【読書日記】

こんばんは。ともです。

上野の東京国立博物館で「国宝 阿修羅展」を見てきました。

暗い中でスポットライトを浴びた阿修羅像は何かホログラム映像のようで幻想的でした。

で、今日は、1年位前に上野の森の「もう一つの阿修羅像」に出会った話。

     竹宮恵子「アンドロメダ・ストーリーズ」

以前「地球(テラ)へ...」が新作アニメ化された恩恵で、SF作家の光瀬龍原作の竹宮恵子「アンドロメダ・ストーリーズ」も新装版になって出版されました。竹宮恵子自身が書いた「あとがき」には、光瀬龍に対する思い入れが次のように書かれています。

「キャラクターの中でも気に入っているのは性格も含めて、イル。光瀬先生の作品『百億の昼と千億の夜』に登場する“阿修羅”が描きたくてあの形になりました」

とのことです。では、竹宮恵子がそこまでして描きたかった“阿修羅”がどのように原作に描かれているか光瀬龍から引用してみましょう。

     光瀬龍「百億の昼と千億の夜」からの引用

「悉達多太子か」

はためく極光を背景に一人の少女が立っていた。

「阿修羅王か」

少女は濃い小麦色の肌に、やや紫色をおびた褐色の髪を、頭のいただきに束ね、小さな髪飾りでほつれ毛をおさえていた。

「そうだ」

少年と呼んだほうがむしろふさわしい引きしまった精悍な肉づきと、それに似つかわしい澄んだ、黒いややきついまなざしが、太子の心をとらえた。

     萩尾望都「百億の昼と千億の夜」

実は、竹宮恵子が阿修羅王をイメージしてキャラクターを描いたよりずっと以前に、既に萩尾望都が「百億の昼と千億の夜」をマンガ化しています。ということは、竹宮恵子は「萩尾望都の阿修羅王に物足りなさを感じた」と宣戦布告しているようなものです。まるで「光瀬先生のイメージはわたしの方よ」とでも言っているみたいです。

で、どっちが「僕の」イメージに合うか萩尾望都のマンガを読んでみましたが結論は「どっちもどっち」でした。ただ、ふたりとも興福寺の阿修羅像を意識していたことは絵柄から見てとれました。

     国立科学博物館「大ロボット博」

あるときうちの子供が見たいというので上野の国立科学博物館へ「大ロボット博」を観にいきました。本当は、そのとき隣の西洋美術館でやってた展示も見たかったのですが、子供は許してくれませんでした。

で、会場に入るとすぐに大きな展示物が眼に入りました。

「何のオブジェなんだろう」としばらく眺めていると、天井から吊ったモニターでそのオブジェの動いている映像が流れてきました。最後まで見ているとエンドクレジットに「押井守」と出てきて、僕は「あっ!」とすべてを理解しました。

三面六臂(三つの顔と六本の腕)の姿で、異形の家来を従えたその人形は、明らかに「阿修羅王」そのものです。愛・地球博に「汎(パン)」として出展されたようですので、ご覧になっている人がいるかもしれません。

で、後から調べてみると、やっぱり押井守は高校時代に光瀬龍と親交があり、いつか「百億の昼と千億の夜」を映画化したいなどと語っているではないですか!挙句の果てには、「阿修羅王が初恋の人だ」と!

愛・地球博では展示意図を「地球環境の云々」とかもっともらしく語っていますが、何とあれは、押井守が初恋を成就させた夢。百歩譲っても、「百億の昼と千億の夜」の阿修羅王登場場面を映像化したものにすぎません。愛・地球博の後、国立科学博物館が購入したようです。どうせなら、今、連動企画で国立科学博物館も「押井守 阿修羅展」をやっちゃえばいいのに。

では。

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